ドクターウーマン:女は外科にいらない? 昔、女には大学の門さえ開かれなかった。

ドクターウーマン

 

女性医師の活躍を取材した番組を見た。

 

優秀な医師たちである。男性の場合には決して起こらない数々のハードル、社会的邪魔だて、妨害、そんなものを一つずつ乗り越えて彼女たちは優秀な外科医として成長し、活躍している。同じ成果を得るためには、男性の何倍もの苦労がある。

 

「女は外科にいらない」と平気で言えてしまえる社会だったと、現在47歳のこの女性医師は言う。このような攻撃を受けた出来事を過去のこととして語る。確かに、立場も地位も評判も手に入れた彼女に対しては、そのような攻撃は今はないだろう。しかし、今から伸びようとしている若手には、多分、今もそうではあるまいか?

 

筆者は医者ではなく科学者であるが、長い長い間、迫害に耐えてきた。「女は大学教育など受ける能力はない」「女は家庭で主婦になればいいのだ」「女は教えられて学び、試験で良い点を取ることは出来るが、研究は出来ない」「女は、受け身で教えられた事しか出来ない」「女は考えることは出来ない」「研究に女は要らない」「研究室には女はお断り」・・・こんな恐ろしい言葉を、折に触れては浴びせられて、とんでもない迫害の中を生き延びてきたのである。

 

社会の女性に対するこのような攻撃は、確かに少しずつ減ってはいるが、筆者が大昔、期待したのとはほど遠い。女性であるが故の迫害に辛い思いをしたときに、2−30年も経てば良くなって、後輩たちはきっとこのような苦労をしないだろうと期待したのであった。すなわち、この女性外科医の世代は、女だからと差別されることはなくなるだろうと思ったのであった。しかし、この女性医師自身は、やはり、女性に対する迫害と闘って、今やっと力一杯働けている。

 

しかし、この女性は独身であり、今回の番組で出てきた女性医師たちは、独身か、離婚体験者で、家庭生活を楽しむという側面がなく、男性医師とは異なる。家庭生活を楽しみ、子供を持つということを「女の幸せ」という言葉で置き換えるのは間違っているが、家庭を持ち、子供を育て、社会でも働くというすべてが満たされて、人間生活だと言えるのかな?とは思う。

 

日本人初の女性医師、荻野吟子

 

日本人女性初の国家資格を持った医師、荻野吟子は、明治18年、1885年に女医第一号になった。
長い長い人類史に於いていつ始まったのか、女性の人権を否定するような社会に転落し、女性自身がそれが正しいことだと思い込まされるところまで人類は堕落した。

 

そして、そんな長い堕落した社会から抜け出そうとする女性も僅かながら顔をもたげる人々が出てきて、その中で艱難辛苦を耐え忍んで、医者の世界で最初に医師の資格を得た人物として荻野吟子は大々的に報道されたようである。

 

このクリスチャン女性医師については、長野キリスト集会の「地上の星」シリーズの講演会で、尾崎富雄先生が詳細に講演しておられるので、興味のある人はCDを取り寄せて聴いてみて下さい。

 

先人たちの努力の結晶として、今の若い女性たちが何とか社会に進出しているが、それにつけてもその歩みの緩慢であることが残念に思われる。

 

政治の世界でも、このところ有名になりすぎた小池東京都知事、確かに有能な人だと思うが傲慢になりすぎた。所詮それだけの人物だったのだろう。

他にも、国会議員になった途端に不倫騒ぎを起こしたり、まるでやくざのような物言いをして秘書を侮辱するような、まともな人間以下の振る舞いをする「国会議員」というバッジを付けた女性など恥ずかしくてしょうが無い。伸びようとしている真面目な女性の将来に暗雲を立ちこめさせるこれら馬鹿者、女性たちには、がっかりさせられる以上で、唾棄すべき存在に思われる。

 

荻野吟子のような優れた先輩たちの爪の垢でも煎じて飲めばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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中学生の自殺・教師によるいじめを「指導」と言い換える卑劣さ

「担任ら叱責中2自殺」??

 

10月16日、朝刊の一面に踊っていた文字に、「またか! この頃の子供は命を粗末にするなぁ! 子供たちが叱責されないで育つために弱くなっている」。こんな第一印象を与えるような見出しであった。

 

記事を読んでみたら、見出しとは異なっていた。見出しは記者の偏見に基づいて付けられたものだろう。

担任と副担任の行動は教師としてのまともな叱責などというものではなく、「指導」という建前を振りかざして「叱責」という名前を与えたに過ぎない、実は教師による陰険ないじめであることがおぼろげに読み取れた。権威と権力を振りかざす教師に対して、弱い立場の生徒は抵抗できない。

 

子供のちょっとした失敗を、どうやら長期間に亘って「指導」という名目で、繰り返していじめていたようである。

 

その後、様々な情報が出てきて、教師の行動が不当であり、又学校の対応も理不尽であったことが明らかになってきた。校長は辞表を提出して、自宅待機の状態になっているようである。一体どれ位の人数の「教師」が、教師という重要な任務を誤解して、教師としての給料をもらっているのであろうか?

 

理不尽な教師たちや学校に一撃を加えることが出来てよかったが、しかし、そのために幼い命が犠牲になってしまったのは余りにも無残な事件である。

 

昔の教師も理不尽な怒りを生徒に爆発させた!

 

筆者が小学校へ入学したのは、第二次世界大戦敗戦後、国も人々もボロボロになった直後であった。恐ろしいB29から雨あられと降ってくる爆弾と焼夷弾で国は焦土と化した。もちろん、二発の原爆がだめ押しをしたことは周知の事実である。日本の国土も人々もアメリカの爆弾攻撃によってボロボロになった。

 

若い男が全部戦争に駆り出されたため、老人と病人以外は体力の衰え始めた壮年も男という男は、すべて戦争に駆り出されることになってしまった。これらの人々は死に、生き残っても体も心もズタズタに引き裂かれて帰ってきた。戦争に行かなかった人々も、爆弾で、焼夷弾で、大勢が殺された。

 

そんな中で戦争が終わり、学校は曲りなりにも残っていたが教師がいなかった。戦時中、教師の免状はおろか、まともな高等教育を受けていない人が代用教員として教師になった。そして、戦後、代用教員として働いた実績が教員であるという資格として採用され、教員免状を手に入れてしまったのである。

 

教員免状がないということ以上に問題だったのは、知識不足の問題、教育者としての自覚の問題、人格的な問題など、問題の多すぎる人々が「教師」になってしまっていたのである。そして、実力がないという劣等感のゆえにさらに、悪循環へとはまり込んでいったようである。

 

筆者もこうした教師たちが勤めていた小学校で、この時代の子供たちの一人として最初の学校教育を受けたのである。その頃には、学校では次々と困った問題が発生していた。今の時代であったら、新聞紙上を毎日賑わすであろうような事件である。ただ、今の子供たちと決定的に異なっていたのは、子供たちは権力に対して唯々諾々として従い、親にも話さなかったという大きな相違があり、又今の子供たちとは比較にならないほど我慢強かったので、問題は表に出てこなかった。そして、自殺もしなかった。

 

そのような出来事の一つを紹介する。

四年生であったある日のこと、教師が「触ってはいけない」と命令しておいたものを、生徒が触ったという出来事があった。触っても実害は無かったのであるが、生徒が命令に従わなかったということだけで、この教師はカンカンに怒った!そして、14,5名の生徒を後ろに立たせるという罰を与えた。所が、この中の半分以上がえん罪であった。そして、触った生徒の内、数名は罰を逃れて席に座っていた。しかし、それを言って抗議をするという恐ろしいことは生徒には出来なかった!

 

えん罪である生徒は、当然教師の理不尽な罰に納得しがたい。えん罪でなかった生徒も、そんなに悪いことをしていないのに、教師の怒りを不当だと思い、後ろに立たされるというような罰を受けなければならないとは思わなかった。こうして教師に対する怒り、不信感、不平が子供たちの心に渦巻いたので、謝る気にはならなかったのである。

 

「謝れ! 謝るまでいつまでも立たせておく!」教師は怒り狂った!この教師は、戦時中のドサクサに紛れて教員免状を与えられた人の一人で、まともな知識も持っていなかった人であった。そして、感情的にも人格的にも問題の多い人で、劣等感の塊であったので、怒る理由もないのに自分の命令に従わなかったということだけで、事実確認もしないで怒り狂ったのであった。

 

そして、大人の対応をしたのは、立たされていた生徒の一人だった。彼女は間違いなくえん罪であったのだが、誰かが謝らないと解決しないので、代表して謝ったのであった。みんなのために形だけ「謝ってあげましょう」という振る舞いをしたのであった。

 

昔の教師も、権力を笠に着て生徒をいじめた


上の事件から2〜3年後、筆者が中学校、多分一年か二年生だったときのことである。当時学年主任で、理科の教師であった年配の教師が、クラスの一人の男子生徒の行動の一体何が気に入らなかったのか全然分からなかったのだが、突如怒り始めて、「前に出てこい」である。そして、くどくどと「説教」をし、その生徒の人格にまで及ぶ「悪口」を言って、そして、床に正座させてしまった。

 

当時、教室の木の床には油が引いてあった。床になど正座させられては、ズボンが油でベトベトになってしまう。しかし、その床に正座させたのである。普段から悪いことばかりする生徒ではなく、むしろ成績も、クラスで2〜3番で真面目でおとなしい生徒で、生徒間でも人望があった。何を悪いことをしたのか当人も、クラスメートも理解しない理由で、多分教師の虫の居所が悪かったのか怒りを生徒にぶつけたのである。今の子供だったら、もしかすると自殺するかも知れないな、とふと思う。

 

あの教師で忘れられないことが、まだある。理科の生物の授業で生殖のことを教えたときに、信じられないようなみだらな表現をしたことである。「犬が『さかっとる、さかっとる』と言うやろ。」云々である。全く卑猥な表現で、子孫が出来る機構の説明をしたのである。

 

ちなみに彼は、正規の教員免状を持っていたと思う。

 

教師であること

 

今の教師たちが、質が下がっているのかどうか知らないが、教師によるこのようないじめや、質の悪い行動は昔もあった。もっとも、筆者が学校教育を受けたのは敗戦後の最悪の時代であり、また通った学校は少したちの悪い、地域では馬鹿にされていた学校であったことも事実ではある。

 

日本が教育をなおざりにし始めたのはいつからであろうか。少なくとも戦時中は、教育のみならず日本国民が全て使い捨て思想でゴミのように扱われた時代であった。戦後も、教育は決して重要視されてこなかった。常に、支配層の都合のいいようにしか政治は行われてこなかった。そのようなマイナスの「教育」を受けた子供たちが今の大人の姿になったのである。日本国としては自業自得とも言うべきか。

 

折しも、本日は10月22日、今頃大型台風が日本列島を襲う中、衆院議員選挙である。安倍首相が自分たちの失態を隠すために、首相の不当な特権を行使して衆院を解散してしまった大義なき選挙である。人間として人々を思いやる心を養わなかった国の首相の下で、自分自身の欲得でしか動かない国会議員が現れてくる日本国である。弱い者をいじめる首相の治める国では、学校が乱れきるのも当然かも知れない。

 

安心して我が子を学校に託せないので、自分で教育する、いわゆるホームスクーリングをする家庭、あるいは文科省の支配下に敢えて入らない「本当の学校」に通わせる学校が増えている現状を、政治家たちは何と思っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「赤ちゃん 泣いてもいいよ」ステッカー

電車内で、レストランで、赤ちゃんや子どもが泣いたり、騒いだりする場面に遭遇した経験は多くの人が持っているだろう。

 

赤ちゃんや子どもを連れている保護者の対応は、いくら泣こうとわめこうと騒ごうと気にもしない人、子どもをやたらと叱りつける人、脅す人、周囲の人の目を気にしておろおろする人等々、様々である。

 

それで、赤ちゃんが泣いておろおろする保護者のために、「赤ちゃん 泣いてもいいよ」という心優しいステッカーを考え出した人がいる。

確かに、時には赤ちゃんが何故泣くのか分からないこともあるだろう。だが、この世の悪知恵を無意識下に注ぎ込まれてしまった子どもたちはともかくとして、赤ちゃんは単純に泣く理由があるから泣くのである。「お腹が空いている」「おしっこやウンチが出て気持ちが悪い」「車内の空気が悪くて気分が悪い」「暑い、寒い、居心地が悪い」等々、自分で改善できず、また言葉で訴えることが出来ない等、赤ちゃんの側からの主張として「赤ちゃんは泣くのは当然」である。

 

電車の中は、今でも快適な環境ではないが、昔々、筆者がまだ舌が回らなかった頃、「でんちゃ、きらい。くちゃい!(電車、嫌い、臭い)」と訴えたそうである。臭いといって訴えた電車は地下鉄である。大昔の地下鉄は、今の地下鉄とは比較にならないくらい空気が澱んでおり、臭くて、頭痛を催し、吐き気に襲われたことだけは明確に覚えていて、大人になるまで地下鉄は大嫌いであった。赤ちゃんがこれを訴える唯一の手段は、「泣く」ことである。

 

はじめから、赤ちゃんが泣かなくてもいいような状況をできる限り整備し、また泣いた場合は泣く原因を探り当て、解決するのが保護者の責務である。今の時代、現実的には難しい問題は数多くあるとは思うが、夜10時、11時、時には真夜中近くに赤ちゃんや幼い子どもを連れて電車に乗り込んでくる親がそんなにまれではない。赤ちゃんの頃から、大変な生活環境に曝されているようであるから、泣きたい状況は一筋縄ではいかないのかも知れない。

 

 

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「築城3年、落城1日!築き上げたものは一瞬に崩れてしまう。」 安倍総理、理解して言ってますか?

逃げ回っている総理、内閣府。

こんなことを真正面を向いて堂々と言うので恐ろしくなる。

次から次へと言葉を探して、大きな顔をして逃げて回る国の代表。

 

何故こんなにも自信を持つことが出来るのか?

何が何でも、保守の自分が総理である間に憲法を変えて・・・・戦前の日本に戻りたい?

 

日本はどこへ行く?世界はどこへ行く?

互いに「やくざ」の恐喝を繰り返す世界、日本!

人間としての尊厳を取り戻したいものである。

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「暴力団員が国会議員になった」安倍チルドレン。身内かばい・外に恫喝…安倍政権「マフィア化」

男性政策秘書に悪口暴言、殴るなど暴力をふるって打撲などのけがをさせた国会議員!

「死ねば。生きる価値がない」などとの暴言を録音したテープの存在も明らかにしている。

 

普通の、ごく普通の日本人であれば、誰に向かっても、いや例えペットのイヌに向かってでも使わない言葉、語調をテレビから聞いて呆れるという以上の衝撃を受けた。あのような表現を「知っていた」、あのような語調を発することを「知っていた」、思わず口をついて出たという、このありえない出来事に日本中が大騒ぎをするかと思ったらそれほどでもない。大騒ぎをするべき一大事が山ほどあるからだろうか? 結構日常茶飯に行っていたというから、言語道断!こんなことをしでかしたら普通なら、恥ずかしくて外に出られない、まともに顔を上げられない状況である・・・暴力団員ででもなければ。

 

それが、例によって病院という隠れ家に逃げ込み、離党届を出して、それでお終いにするのか?

 

これは刑事事件として追求するべき事案であるが、このような「暴力団員もどき」をあろうことか、国会議員にしてしまったのである。まことに恥ずかしい日本の姿である。安倍政権の真実の姿を、一般国民にも目に見える形で見せただけなのだろうか。

 

身内をかばい合い、そして外には恫喝的な安倍政権は聞きしに勝るおぞましい姿、まさしく「マフィア」そのものである。

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杉原千畝が「命のビザ」を書いたリトアニアの旧領事館を日本のペンキ屋ボランティア集団が修復

ナチスの迫害を逃れようとするユダヤ人に、日本への通過ビザを杉原千畝が命がけで書き続けたことは、あまりにも有名で知らない人はいないだろう。杉原千畝は今に至ってもユダヤ人にとって大恩人として尊敬を集めている。リトアニア(地図の濃い緑色の部分・ポーランドに隣接、バルト海に接している)では、旧日本領事館は千畝記念館として保存されているが、外壁の色がくすんで壊れるなど老朽化が進んでいる。

 

そのことが報じられて、日本の或る「ペンキ屋集団」が立ち上がった。この9月に、壁を直しにボランティアでリトアニアに行くという。・・・朝日新聞、2017年2月8日05時00分配信。確かにボロボロになった旧領事館の写真が添えられている。

 

その集団は「塗魂(とうこん)ペインターズ」と名乗る集団で、現在全国に150のペンキ屋たちからなり、2009年に結成されて以来、全国80カ所でボランティアとして奉仕してきている。彼らは、下請けいじめや職業差別などに苦しめられた人々であるが、「自分たちにしか出来ない社会貢献を、魂を込めて行おう」と考えて結成されたという。経済的に塗り替えが出来ない場所、災害の被災地などで塗装をする奉仕である。

戦後70年の2015年には、原爆が落とされた広島、長崎で、そして真珠湾攻撃があったハワイでボランティア活動をした。

 

「『杉原記念館』として運営されている旧領事館の老朽化が激しく、修繕のめどが立っていない」という、2016年1月の朝日新聞の記事を見てリトアニア行きを計画したという。現地や日本で交渉を重ねた結果、旧領事館があるカウナス市の副市長が来日し、最終決定になった。ボランティアには50人以上が参加するという。

 

ここでついでに、ユダヤ人6000人に命のビザを書き続けた杉原千畝の偉業は、彼一人で成し遂げられた訳ではない。もちろん彼は免職を覚悟の上で大きな犠牲を払い、帰国後、日本ではさんざんな目にあい、冷や飯を食わされてしまった。しかし、日本でこの6000人の人々に手を差し伸べて助ける人々がもしいなかったなら、杉原千畝の血のにじむような働きは空中分解したことだろう。

 

助けた人々の中には、ハルビン学院で千畝の二期後輩であったウラジオストク総領事代理、根井三郎や、難民たちの対応に奔走していたユダヤ学者の小辻節三、そして驚くべきことにドイツとの同盟の立役者であり、国連脱退に際しても良い記録が残っていない松岡洋右外務大臣が、非合法ではないが、ある便法(今はやりの言葉で言うと裏技)を、この小辻に教えたという。

 

その他多くの人々の協力によって、6000人の命が救われたのであった。

このことは後に、もう少し詳しく書きたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

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世界の民主主義は後退か? アメリカは三権分立の危機か? 中国は人権派弁護士に非道な拷問 

三権分立、日本の民主主義

 

誰でも一度は、小学校か中学で教えられた三権分立。

国の様々な法律を決める立法権は国民で選んだ国会議員からなる国会にあり、それを実行する行政権は内閣総理大臣をトップとする内閣・政府にあり、定められた法律が守られているかどうかを決定する司法権は裁判所にある。この重要な国家権力は相互に独立していて、互いに干渉してはならないという建前である。しかし、建前は建前にしか過ぎず、本音が別にあるのが普通のようである。

 

日本でも、この建前がしばしば揺らいでいる。この国家権力の中で一番権力が強いのは、実力行使する行政権で、内閣・政府は今でもしばしば国会のありように干渉し、国会を牛耳り、又裁判所に圧力を掛ける。地裁より高裁の方が政府の圧力というくさい臭いが漂って来るが、最高裁となると政府の意向が前面に出てくることが頻々である。そもそも、いわゆる御用学者がずらりと最高裁判事に任命されている。最高裁判事の適否を決める権利は国民にあっても、実際問題として機能していない。

 

とは言っても、かつて総理大臣であった人を日本の司法は汚職の罪でしっかり裁こうとした。田中角栄である。・・・ちなみに田中角栄という人物は、何かが出来るかという点では極めて有能であったことは間違いないだろう。ただ、その能力を間違った使い方をしたことは処罰されなければならない。同じ意味で、前任都知事の桝添さんも有能な人物であるとは見ていたが、権力を手にするやいなや悪いことをしでかして、任期途中、極めて短期間でクビになった・・・刑務所送りにはならなかったが。その前の東京都知事の石原さんも、やっぱりクビになった。

 

この三権分立を支える 民主主義は、日本国民が自ら勝ち取ったものではなく、アメリカから押しつけられた?頂いた?ものであるから、しっかり根が生えないまま70年を経て、今に至っている。都会には大きなマンションが建ち並び、核家族化が進み、良かれ悪しかれ一見新しくなったように見えるが、一方で相も変わらず檀家制度が生き残っており、寺や神社は人々を引き留めるためにあの手この手である。昔ながらの様々なしきたりや、偏見、差別など、その意識はあまり変わっていない。・・・今回、オリンピック会場として決めようとしたゴルフ場が、女性を会員にしないという差別制度を敷いていることにクレームが付いたのはほんの一例である。

 

民主主義国の代表、アメリカ合衆国

 

今、人民の国、民主主義の国を標榜してきたアメリカが三権分立の危機に立っている。トランプ大統領は就任早々、矢継ぎ早に「大統領令」を出して、今までのアメリカの有りようをひっくり返している。就任演説で前大統領への通常の礼儀を欠いたのは、オバマ前大統領のしたことを、今まで全部否定してきたからだろうか?

 

簡単に最高裁判事を罷免できて自分の息のかかった人材を行政府のみならず、判事にも据えることが出来るとは恐ろしいことである。大統領は日本の首相とは比較にならない大きな権力を一手に握りしめている。なるほど国家元首は違うんだと変な感心をしている。その気になれば、簡単に独裁者としてヒットラーの歩いた道を歩くことができるようである。そして、トランプは手に入れた権力を楽しんで独裁者になろうとしているかのごとく見えてしまう。

 

「入国拒否」の大統領令が辛うじて「一時保留」になったのが、アメリカの民主主義が死んでいないことの証として慰めである。しかし、「アメリカ第一」と声高らかに叫ぶトランプとそれを支える国民の姿は、アメリカという国の本音なのだろう。アメリカ合衆国は、本来のアメリカ人(インディアンと呼んで、いつの間にか本来のアメリカ人であるという認識を消し去った)を駆逐して、暴力で勝ち取った人々である。銃を規制することが出来ないのがアメリカ人の本音なのだろう。

 

自由で、奔放で、我が儘で、束縛が少なくて、国土が広いように包容力に富んだアメリカを好きだった。日本では享受できない解放感を胸一杯に吸い込める、そういう国だと思っていた。あのアメリカはどこへ行ってしまったのか?大金持ちだけが、好き勝手をするのだろうか?

 

一党独裁国家、中国

 

民主主義国ではない中国は、さらに悪い方向に向かっているようである。そもそも、最初の最初から今に至るまで、三権分立は存在したことのない国である。全ての権力は共産党に集中しており、形ばかりの三権を整えていても、それは形だけであり、いったん共産党に疑われたら、どんな恐ろしいことが起こるかと思われる。

 

その事例が、報道された。

2015年夏に、中国で人権派弁護士たちが一斉に拘束された事件で、逮捕された弁護士の一人が取調中、当局から拷問を受けていたと面会した弁護士が明らかにした。その拷問は筆舌に尽くせない、残酷なものであったという。

 

40時間以上休み無く、眠らせない取り調べ、その後も1週間はほぼ連日20時間ほど取り調べられ、睡眠は2時間ほどしか取らせなかったという。次のような、肉体的・精神的な拷問を繰り返した。

…澆螳愡辧ΑΑΕ廛薀好船奪の椅子を4,5脚重ねた上に座らせ、足が地面に付かない不安定な状態で連日20時間の取り調べで、下半身が腫れ、感覚が無い状態になった。

⊃欧せない、休ませない。毎日睡眠は2時間ほど。

取調室のカメラの死角で、殴る蹴るの暴行。

ぬ椶料阿膿人が同時にたばこを吸って煙を吹きつける。

テ泳漆佑箸硫駭辰魘愡澆靴童瀕させる。

食事や水を目の前に置いて、飲食させない。

Ф芝「妻子が車に乗るときは安全に注意した方が良い。今は交通事故が多いから」等と言って脅迫。

 

このような弾圧・迫害は中央政府の意志であるという。

この一斉検挙事件の背後には、人権運動が盛り上がって民衆の共感を呼べば、体制を揺るがしかねないとの習近平指導部の危機感があると見られている。国内外の批判をよそに、当局は締め付けを強めているらしい。

 

「事件について海外メディアの取材を受けたことが騒動挑発罪に当たる。これは北京からの指令だ」と公安警察は言った。「今後はコメントするな」と言われて了承したが、その旨を書けと言われて断ると、重罪の国家政権転覆煽動容疑に切り替えられたという。何かあると、すぐにこの重罪容疑で逮捕されてしまう、恐ろしい国で法治国家とは言えない。

 

かつて畏敬の念を持って「眠れる獅子」と言われていた大きな中国はどこへ行ってしまったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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韓国大統領選・人望の厚かった前国連事務総長が立候補断念・選挙の前に泥仕合か?

国連事務総長を10年も無事に勤めた潘基文(パンギムン)氏が、突然、次期大統領選への立候補を断念したという。生え抜きのエリーといういうわけではなく、苦労して上り詰め、非常に人望の厚かった人であるという。

 

国内に渦巻く諸々の大問題を片付け、整理し、又、国家統合を成し遂げようと大きな志を持っていたけれども、諦めるという。

 

その理由たるや、申し訳ないが、実に韓国らしいと直感的に思った。

「弟とおいが不動産取引で不正を働いたという疑惑」で追求されて支持率が下がったらしい。

韓国の大統領が独裁的な権力を持っているせいだけではないと思うが、本人も親族も、そしてパククネさんの場合は友人たち、要は取り巻き連中を含めて、その絶大な権力を縦横無尽に駆使して、国民を裏切る。そんなにお金が欲しいか?見苦しい限りである。

 

日本の政治家たちは、国のシステムが異なるせいもあるだろうが、国民の信頼に応えてしっかりと働いている人々はそんなに多くはないし、結構がりがり亡者のようではあるけれども、法律のすれすれをくぐり抜けるのが上手なのか、本当に悪いことをしていないのか?韓国のような最低な状況が露呈しないようである。

 

そして、大統領の権力を失った途端に、司直の手が入り、逮捕・牢獄入りという例が後を絶たないのが韓国であるように思われる。

 

そして、あの忌まわしい、慰安婦問題である。韓国民はどうやら不幸せらしい。そしてその憤懣やるかたない思いを手近な隣国にぶつけることによって欲求不満を解消しようとしている気がする。そして、権力者たちは、この国民をまともに指導できないので、荒々しい感情を一緒に焚き付けて国民の怒りが自分たち指導層に向かないように手練手管を駆使する。パンギムン氏は、事務総長時代に慰安婦問題について国民の気に入らないことを言った付けが来たようである。

 

かくて、権力をせしめる前に親族のドロドロが発覚して、一時、本命と思われたのに、支持者を失ったようである。

 

 

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将棋の勝負中、頻々と席を離れソフト不正使用疑惑騒動の顛末:お粗末な幕引き

将棋連盟会長が辞職

 

対局中にしばしば席を離れた三浦九段を出場停止処分にした日本将棋連盟は、結局、不正をした証拠が見つからず、谷川会長の辞任というお粗末な幕引きを発表した。

 

事件が起こったのは昨年秋、その時の三浦九段の行動の説明や、申し開きが・・・・テレビ会見では今ひとつ明快ではなかったような気がしている。

 

電子頭脳は、まず、西欧のチェスには勝っていたし、碁も人が負けるようになっていた。そして、将棋も上位の人々が負け始めていたのである。そういう時代であるから、電子機器は対局前にロッカーに預け、対局中の使用は禁止されていた。それなのに対局中に人に注目されるほど座を離れたということは、疑念を持たれても仕方がない。

 

しかも、納得のいく説明がなかったための処分を連盟が下したのだろうと思っていた。

 

この件を書いたときに上げたことわざをもう一度以下にコピーする。

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という麗しいことわざがある。ちなみにこれは「かでんにくつをいれず、りかにかんむりをたださず」と読み、瓜の畑で膝を屈めて靴を履き直すと、瓜を盗むのではないかと疑われる。また李(すもも)の木の下で冠を被り直すと、すももを盗むのではないかと疑われる。だから、疑われるような行動をするなという戒めである。

 

不正を働いた証拠など見つかるはずはない。

お粗末な顛末となった。谷川会長の記者会見は、まことに歯切れの悪い発言であったし、顔を上げないで語っていたのは、「本当は・・・」という思いがあったのか、なかったのか? あるいはいつも顔をちゃんと上げない人なのか? 昔、羽生善治がすべてのタイトルを獲得して七冠王になったときに、「来年もこのままでは、我々がだらしがなさ過ぎる」みたいな発言をしたが、谷川氏は前を向いていたような記憶があるが・・・・

 

 

 

 

 

 

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いのちのビザ・6千人の命を救ったリレー(1)・・・杉本千畝、樋口季一郎、根井三郎、小辻節三等

ユダヤ人に渡航ビザを発給し続けたリトアニア領事代理・杉原千畝

 
ナチ・ドイツの迫害から逃れようとするユダヤ人に、日本への渡航ビザを時間ぎりぎりまで書き続けた杉原千畝(写真 Wikipedia) について、今は日本人にも広く知られるようになったが、それはそんなに昔のことではない。本省の訓令に逆らって、人道的な視点から、領事館に押し寄せるユダヤ難民にビザを発給し続けた「英雄」であるにもかかわらず、政府は彼の振る舞いを認めず、国の命令に逆らったということで事実上の免職にした。

 

1939年1月:リトアニアの在カウナス領事館・領事代理に任命される。8月28日にカウナスに着任。9月1日、ナチス・ドイツがポーランド西部に侵攻し、第二次世界大戦が始まる。独ソ不可侵条約付属秘密議定書に基づき、9月17日にソ連がポーランド東部への侵攻を開始する。(地図、Wikipediaより:赤く塗りつぶしてあるのが杉原が勤務したリトアニア。隣国ポーランドからリトアニアに大勢のユダヤ人がナチス・ドイツの迫害を逃れて来た。)

1940年6月:ソ連軍がリトアニアに進駐する。

この頃、本国政府からは、以下のような通達が届いていた。

陸海軍及び内務各省と協議の結果、「ドイツ及びイタリアにおいて排斥を受け,外国に避難する者を我が国に受け入れることは、大局上よろしくないのみならず、現在事変(日中戦争)下にある我が国では、これらの避難民を収容する余地は無いのが実情なので,今後はこの種の避難民(外部に対しては単に『避難民』の名義とすること。実際はユダヤ人避難民を意味する)のわが国内地(本土)ならびに各植民地への入国は好ましくない。(但し、通過はこの限りでない。)」とすることで意見が一致した。

 

ドイツ占領下のポーランドから逃げてきた多くのユダヤ系難民などが、各国の領事館・大使館からビザを取得しようとした。リトアニアを占領したソ連は、各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは、まだ業務を続けていた日本領事館に通過ビザを求めて殺到した。

 

杉原千畝の回想

「忘れもしない1940年7月18日の早朝のことであった。6時少し前、表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外を窺うと、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った。」

 

7月:こういうヨーロッパ情勢下に,杉原千畝のいのちのビザの発給が行われたのである。まさに命がけの行動であり,このために杉原は日本の権力から様々な迫害を受けた。実は戦後も彼らは執拗に杉原の行動を非難し続けたことが記録に残っており、記憶されている。杉原がいのちを賭してユダヤ人6000人に書き続けた通過ビザ(TRANSIT VISA、Wikipedia)は、写真に見るとおり手書きである。

領事館に救いを求めてやってきたユダヤ避難民に同情し、本省の命令に反して通過ビザを発給。

 

外務省より領事館退去命令。

8月29日領事館閉鎖。

9月5日、カウナス駅より国際列車で退去。ベルリン経由でチェコスロバキアの在プラハ総領事館に着任。

 

彼と妻との信仰に基づく勇気ある愛の行動の詳細に関しては,別に稿を起こして書く予定である。

 

日本国政府による公式の名誉回復:2000年10月10日

 

イスラエルはもとよりのこと、諸外国で勇気ある行動が高く評価され、1985年、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で、日本人では初めての「諸国民の中の正義の人」として認定された。彼の名前が世に知られるにつれて、賞賛と共に、政府の訓令に違反したことに関して「国賊だ、赦せない」など中傷の手紙も送られるようになった。これが、戦争が終わって40年も経っていることを考えると、信じられない日本人の反応である。どれ位の人々が杉原千畝の行動に対してこのような思いを抱いたかは分からないが、日本は軍部によってかき乱され、一般国民は多少とも軍の犠牲になった歴史を知っているなら、このような反応は出てこないはずである。

 

外国も含め、各方面の様々な活動、働きかけがあり、日本国政府として公式に杉原千畝の名誉回復を行ったのは、実に、2000年10月になってから、ついこの間のことであるとは、何という恥ずかしいことだろう。杉原の生誕100周年に当たり、杉原の業績を称える顕彰プレートが外務省外交史料館に設置される。顕彰プレートには「勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝氏を讃えて」などの文言が記載されている。除幕式に於いて、外務大臣河野洋平が、以下のように述べて、政府として正式に詫びを入れ、杉原千畝の行為を高く評価した旨を演説した。

 

「これまでに外務省と故杉原氏の御家族の皆様との間で、色々御無礼があったこと、御名誉にかかわる意思の疎通が欠けていた点を、外務大臣として、この機会に心からお詫び申しあげたいと存じます。日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、また最も重要なことであると常々私は感じております。故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、人道的考慮の大切さを示されました。私は、このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。

20001010日の顕彰プレート除幕式での外務大臣河野洋平の演説」(Wikipediaより転載)

 

 

 

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