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赤い靴
 (ご案内)この投稿内容は、CR誌(クリエーション・リサーチ・ジャパン)に連載したものです。
 

機テ枯辰寮こ

 「かちかち山」「浦島太郎」など日本の民話、あるいは「白雪姫」「裸の王様」など西洋の物語などの数々を、幼い日に読んでもらって聴き、あるいは自分で読んだりして親しんだ童話を、懐かしく思い出す人も多いだろう。

 童話は、民話、伝説、神話、寓話などを子ども向けに書き換え、或いは編纂(へんさん)したものである。今回取り上げるアンデルセン童話のように創作されたものもある。童話は確かに「童話」ではあるけれども、大人が読んでも味わい深く、新しい発見があったり、また人生の深い機微(きび)を伝えるものも少なくはない。

 なかでもデンマークの代表的な童話作家・詩人であるアンデルセン童話は、幻想に彩(いどろ)られた美しい作品が多く、また教訓がひっそりと秘められている以上に、人生を、いのちの深みを考えさせられる作品が多い。

供ゥ魯鵐后Εリスチャン・アンデルセン

 ―仗函ξ梢

akai_kutsu1.jpg 1805 年4 月2 日にデンマーク、フュン島の都市オーデンセで、病気で貧しい22 歳の靴屋の父と数歳年上で、教育はないが信仰心の篤(あつ)い母親との間に産まれ、1875年8 月4 日肝臓癌で死去、 70 歳であった。

 数多くの作品は大きな評価を受け、有名になり、知識人として処遇された。その死は多くの人々に哀悼(あいとう)され、国葬として鄭重(ていちょう)に葬られた。


    詩人・童話作家としての生涯

akai_kutsu2.jpg アンデルセンは何度も自伝を書いているが、最初の自伝は「私の生涯は波瀾に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しいメルヘンである」という有名な冒頭から始まる。しかし、実は、貧困の中に育ち、正規の教育も受けられず、有名になった後も収入は少なく、また下層階級の出身であるための精神的、経済的苦労に翻弄(ほんろう)された生涯であった。

 1835 年に出版された「即興詩人」は、発表当時かなりの反響を呼び、アンデルセンの出世作となった。1057の全著作のうち、童話は156 篇である。アンデルセンの童話はグリム兄弟のような民族説話の影響はなく、創作童話が多い。

akai_kutsu3.jpg 童話には彼自身の実体験が織り込まれ、内面の真実を赤裸々に伝える創意を凝らした作品の中に、彼の自画像が描かれている。美しい白鳥となった醜いアヒルの子、愛を貫いて泡となった人魚姫、マッチのほのかな光の中で真の安息に導かれたマッチ売りの少女、自らの両足を切断してもらうことで、やっと醜い虚栄心・歪(ゆが)んだ自己顕示欲から解放された赤い靴の少女、これらがアンデルセンの自画像の断片である。

 したがって、アンデルセンの投影として彼の童話を語るときに、彼の辿った人生の光と影を語らずに作品を語ることは困難であるが、紙面が限られているので、それは後の機会に委ねる。

掘ァ屬澆砲いアヒルの子」

 アヒルの母鳥は、卵から孵った群の中に我が子とは思えない醜いひな鳥が一羽混じっていることに気がついた。このひな鳥は自分たちに似ていないという理由できょうだいに苛められる。(*1)

 akai_kutsu4.jpg周りの苛めに耐えられなくなったひな鳥は逃げ出すが、どこへ行っても苛められ、辛い一冬を過ごす。そして、生きることに疲れ果て、殺してもらおうと白鳥の住む池に辿り着く。しかし、いつの間にか成鳥になっていて、自分はアヒルではなく美しい白鳥であったことに初めて気付く。

 アンデルセン自身は当初、役者やオペラ歌手を目指したが芽が出ず、その後、作家として優れた業績を上げて認められたが、極貧の下層階級の出身であるために、最後まで上流階級の一員には入れてもらえなかった。アンデルセン自身の生活と心の葛藤(かっとう)を、アヒルの子に投影していると思われる。

 異質のものを認めない人間の意識を描き、母鳥にさえ疎(うと)まれ、鶏も人間の少女も醜いと言って苛める。野ガモは醜くても実害がないならまぁ良いよと寛大であるが、「結婚さえしなければ」と、仲間にすることは拒絶する。アンデルセンの体験そのままである。犬に噛み付かれず難を逃れたことまで、犬にまで嫌われたので噛み付かれなかったのだと、ひがみ根性を増幅する材料になっているのは、人間の本性を描き得ている。

 醜いアヒルの子を最後には美しい白鳥にしてしまう結末に不満を漏らす人もいる。結局は白鳥でなければダメだと言っているのではないか、と。しかし、かつての醜いアヒルの子は、 「とてもとても幸福でした。でも、少しも威張ったりはしませんでした。心の素直な者は、決して、威張ったりはしないものなのです。」と、作者は結んでいるのである。

 心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。       
マタイの福音書5 章3, 8 節


検ァ嵜裕姫」

 嵐に遭い難破した船から溺死寸前の美しい人間の王子を救い出した人魚姫は、王子に恋心を抱く。人魚姫は魔女の力を借りて、魚の尻尾の代わりに人間の脚を得ることができたが、その代償として舌を切りとられ、声を失う。愛する王子の前で踊ることができても、一足ごとに鋭い剣で突き刺されるような激痛が全身を襲った。

akai_kutsu5.jpg 声を失ったので、胸の思いを伝えることもできない。やがて王子は他の娘との結婚が決まり、人間の愛を得られなかった人魚姫は、水の泡になって消えていく約束である。

 姫の姉たちは、自分たちの美しい髪と引き換えに海の魔女から短剣を手に入れた。その短剣で王子を刺せば、王子の血で人魚の姿に戻れるという伝言を持って、姫を助けに来たのである。しかし、愛する王子を殺すことの出来ない人魚姫は死を選び、海に身を投げて泡となり、空気の精となって天国へ昇っていった。

 失恋という<男 vs 女>の乖離(かいり)に派生して<体 vs 心><人間 vs 人魚><地上 vs 海底>、そして<善 vs 悪>など様々な次元の乖離が描かれている。アンデルセンの私的な世界やナルシズムを昇華して、人間の引き裂かれた魂の姿を、限りなく透明な文学的表現として伝えている気がする。

 人魚姫は純粋に心だけの透明な存在になって、天空を漂いながら善行を積むことになる。泡になっておしまいではなく、三百年後の将来、彼女の初志、不死の魂の獲得が貫徹されるという希望が描かれており、そこに救いがある。三百年という歳月は、永遠の救いの視点からすれば、一瞬の時間にも紛う時間であるだろう。

后ァ屮泪奪素笋蠅両女」*注

 大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。家の貧しさと父親の暴力のせいで、少女は惨めだった。マッチをすべて売り切るまでは家には帰れない。しかし、人々は年の瀬の慌ただしさから、少女には目もくれずに通り過ぎていった。
(*注 十九世紀半ば、マッチは魔法の文明の光を意味していた。東南アジア諸国で、少年少女が混み合う車の間をかいくぐって、タバコを一本ずつ売って生活を凌(しの)いでいる姿と、相通じるものがある。)

akai_kutsu6.jpg 夜も更け、少女は寒さのために凍え死にそうであった。少しでも暖まろうとマッチに火を点けた。マッチの炎と共に、暖かいストーブや七面鳥などのご馳走、クリスマスツリーなどの幻影が一つまた一つと現れ、炎が消えると幻影も消えた。

 akai_kutsu7.jpg流れ星が流れた。可愛がってくれた祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」と言ったことを少女は思いだした。次のマッチを擦ると、その祖母の幻影が現れた。炎が消えると、祖母も消えてしまうと思い、少女は持っていたマッチすべてに火を点けた。祖母の姿は明るい光に包まれ、少女を優しく抱きしめながら天国へと昇っていった。

 新しい年の朝、マッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑えんでいる少女の小さな屍(しかばね)を、町の人々は発見した。

 永遠の国を知らない人には、あまりにもかわいそうで惨めな少女の一生に思えて、思わず涙するかも知れない。しかし、少女は幸せそうに微笑んでいたのであり、クリスチャンであったアンデルセンは永遠の救いを描いたのである。

 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。
マタイの福音書16 章26 節

経済的に恵まれない少女時代を送った母親をモデルに作った作品だと言われている。

此ァ崟屬しぁ

 美しい少女カレンはたった一人の家族である母親と住んでいた。非常に貧乏なため、夏は裸足で、冬は大きな木靴を履いていたので、小さな足の甲は真っ赤に腫(は)れていた。

 その母親が亡くなり、埋葬の日にカレンは近所の靴屋が作ってくれた粗末な、しかし真っ赤な靴を履いていた。これ一足しか靴を持っていなかったので仕方がなかったのだ。彼女の哀れな姿を見たお金持ちの婦人が、カレンを引き取り、こうして、大きな屋敷で驚くほど豊かな暮らしがカレンに始まった。

akai_kutsu8.jpg この幸運を、生まれて初めて履いた赤い靴のおかげだと、カレンは錯覚した。しかし、奥様はこの赤い靴を捨てさせてしまった…が、カレンは、上等の赤い靴をその代替え品のように手に入れてしまったのである。

 こうして、可愛い赤い靴を通して、人々の注目を浴びたいというナルシズムにカレンは見事に囚われてしまったのである。教会で堅信礼(*2) を受ける時にも赤い靴を履いていき、周囲の咎める眼差しを称賛の目だと誤解してしまった。人々の称賛に酔い、自分の意志を制御することが出来なくなって、奥様に叱られても、カレンは赤い靴を片時も忘れることが出来なくなり、彼女の心は赤い靴に支配されてしまった。

 やがて年老いた奥様が病気で床に伏せてもカレンは看病をせず、赤い靴を履いて舞踏会に出かけてしまった。

 舞踏会に向かう道すがら、カレンの足は勝手に踊り始め、彼女の意志を無視して町外れの暗い森に、そして薄気味の悪い墓地へと連れていった。虚栄心に取り憑(つ)かれ乱心したカレンの足に赤い靴は食いついて、脱ぐことが出来なくなってしまった。カレンが自分のものにしたと思った赤い靴が、逆にカレンを捕虜(ほりょ)にしてしまったのである。カレンは赤い靴に操られ、踊りをやめることが出来ず、いばらの森や冷たい川や荒れ野に踏み込んでしまった。

 カレンは傷つき血を流し、身も心もボロボロになって踊り続け、彷徨(さまよ)って、そして、遂に首切り役人の住む野中の一軒家に辿り着いた。カレンが取れる唯一の道は、足と共に靴を斧で切り離すことだけだった。アンデルセンはもちろん次のキリストの御言葉を熟知していたはずである。そして、カレンに御言葉の実践を促し、足を切り離してでも救いの道へと導いたのである。

もし、あなたの足があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。片足でいのちに入るほうが、両足そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。    
 マルコの福音書9 章43 〜 47 節

akai_kutsu9.jpg この御言葉をキリストが本気で言われたわけがないというのが、多くのクリスチャンの見解であるようである。しかし、アンデルセンはそうは思っていなかった。キリストの言われた通りに足を切り離すことにより、その後、紆余曲折(うよきょくせつ)はあるが、最終的に心身共に救いの道に入ることが出来たのである。

 八百万の異教の「神々」は、今も生きている。「クリスチャン」という外面の背後に潜み隠れて、人々の心のあり方、そして生き方に影響を及ぼしている。キリスト者は、目に見えても見えなくても、各人各様の「赤い靴」を履いていないだろうか。人の目に明らかな状況ではなくても、赤い靴が脱げなくなり、囚われの身になっているのさえ気がつかないで、踊り続けていないだろうか。

 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。
ガラテヤ人への手紙6 章7,8 節




*1 写真を除き、イラストはすべて坂井陽子さんによる。 
*2 教派によって堅信の概念・方法はかなり異なるが、洗礼と区別されること、洗礼後に受けることによって聖餐(領聖・聖体拝領)に参与する資格が信徒に与えられる。


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