<< main >>
小学校時代の旧友との再会・・・・60年の歳月の隔たりが霧か霞に包まれて消え去った!
小学校時代の友人、YKさんからメールが届いた、「ブログを見ましたよ。」
そして、子どもの頃の面影がしっかり残っているので,間違いなく小学校の時のクラスメートだと確信したということであった。

電話をして、少しだけお喋りをして,あっという間に会いましょうと小学校の旧友.jpg決まった。
同じ5年生の頃の同級生一人とメル友として今も交友が続いているという。「CKさんを覚えてます?」「顔まではっきり思い出しますよ。格好いい人だったよね。」という会話があり、CKさんも一緒に京都で会うことになった。64年の歳月が経っていた。少女の頃の顔しか知らないのであるから、会っても分からないかも知れないと思ったが,彼女が筆者の顔をウェブサイトで見ているので,見つけてくれるだろうと期待した。彼女が言ったように、筆者は幼い頃の面影を残したまま歳を取ってしまったようで,見つけるのに苦労はないかも知れないとも思った。

         ************
余談だが、もう11年以上昔のことになるが、テレビのハーベストタイムに出演した時であっただろうか。番組構成上必要であるということで、昔の写真を要望されて古い写真を探し出し、年代順に並べて驚いた。学齢前に始まって,中学に入るまで同じ顔をしているのである。ちょっとずつ、大人に近付いているに過ぎないという感じであった。
         ************

一人(CKさん)は生駒から,一人(筆者)は枚方から,そして一人(YKさん)ははるばる千葉から出かけてきて、無事に京都で会うことが出来た。偶然、どこかで会って,仮にしみじみと眺めても決して気が付かないほどに,二人は昔の面影が残っていなかったような気がした。64年の歳月は気が遠くなるほど長い年月である。64年前は,今とは違い写真を撮ることは滅多になかったが、幸いにして5年生の時のクラス写真が1枚見つかった。上の写真は、50名以上写っている集合写真をスキャンニングしてそれぞれの顔を切り取って、今回撮影した写真に切り貼りしたものである。
        

三人は五年生と六年生の時に同級であり、三人ともその土地の中学校へ入学した。そして、YKさんは多分二年生でどこかへ転出したが,CKさんと筆者はその中学を卒業し,そして別の高校へ進学した。それ以来の再会であった。したがって正確には、58~9年ぶりというべきかもしれないが、いずれにしても子ども時代の友人というのは不思議なものである。あっという間に,よそいき言葉ではなく、友だち会話・・・男性の場合、「俺・おまえ会話」という表現をするが,神戸弁・大阪弁の砕けた友だち会話が始まった。60年の歳月は霧か霞に包まれてふっと消えてしまったようであった。昔々の、「このこと、あのこと」と思い出話に花が咲き、懐かしい友だちのことなども語り合い、時間の経つのを忘れるほどであった。

同窓会が開かれていないので、級友のニュースは二人も余り知らなかったが、当時、お姫様のような爽やかな雰囲気を漂わせていたTHさんは、小学校を卒業してから神戸市内の女学校へ進学したが、すでに故人になってしまっていることを聞いたのは悲しかった。筆者が多分大学生か、あるいは卒業して大学院生になってからかも知れないが,芦屋駅でばったり出会って一緒に電車に乗り、お喋りを楽しむひとときを持ったが、それが彼女に会った最後だった。

日本の60年前がどのようであったか、若い人には分からないだろうが、第二次大戦の敗戦からやっと立ち直り始めた時期であった。例えば、高校への進学率は男性は多分70%位だったかも知れないが,女性の進学率は50%に達していなかったかも知れない。そういう時代であった。もちろん、筆者たちが住んでいた村が,兵庫県の郡部の貧しい漁村であったということも関係があるだろう。中学に入学した頃に神戸市に編入されたために,先生たちは大変なプレッシャーに曝され,それは生徒たちにもろに影響した。中学全体として集団的な劣等感を背負わされて、様々な外圧、内圧の中で、苦しい思春期を共有した仲間であった。

筆者たちの小学校では,裕福な家庭出身の卒業生は私立中学に進学するものだと相場が決まっていた。トップレベルの優秀な男子生徒は、日本中にその名が轟いている灘中へ行った。受験戦争が始まる前ではあったが、それでも、灘中→灘高→東大が秀才の歩むべき道だと決まっていたようである。そして,女性は神戸女学院のような女学校へ進学するのが「お嬢様」教育の見本になっていたようである。私立でない場合でも、神戸大学の附属中学という道が男女共に開かれていたが、私立中学ほどはお金は掛からないが、それでもその地域の中学へ行くよりは経済的負担は大きかった。そういう漁村では、地域の公立中学へ行く生徒は否が応でも劣等感を社会から押しつけられ、搔き立てられる社会情勢であった。貧乏人の行く学校、出来の悪い生徒が行く学校、レベルの低い中学校、明らかな軽蔑を含めて「シンセー中学」と呼ばれ、見下げられ、差別意識の餌食であったのである。

     *************
「シンセー中学」には注釈がいるだろう。全国で一体どれ位の地域で用いられた言葉かは知らないが,変な言葉なのである。終戦後、教育制度が変更になって、六・三・三制、新制度になったのであり、その時代に存在した中学は私立であってもなくても例外なく新制中学だったのである。にもかかわらず、「レベルが低い貧乏人の行く中学」という評価を受けた公立中学だけが,「シンセー中学」と呼ばれて,差別用語となっていたのである。
     *************

小学校では筆者は都会から引っ越してきた転校生であったので、密接な地域社会を形成していて人間的繋がりの強い漁村で,異質の雰囲気を持っている都会育ちのよそ者には入り込みにくいものがあったような記憶がある。社会的に劣等感の塊を押しつけられた複雑な精神性がうごめいている中学では,さらに厳しい様々な経験をしたように思う。思春期の精神的不安定さもあって、すぐに頭痛や訳の分からない体調不良に見舞われるという病気がちな中学時代を過ごし、欠席日数は相当なものであった。人生で患うはずの病気をこの時代に一括して全部消化してしまったかの如き時代であった。高校に進学して、ひ弱な中学時代がウソだったように、風邪一つ引かなくなり、以来健康に恵まれている。

あれから60年、戦争こそ無かったが,日本の社会では様々な厳しい出来事があり、ある意味で激動の60年であった。幼い日の友人は別々の道を歩いてきた。その60年にそれぞれどのような人生を過ごし、何があったかを語り,空白の時間を埋め合ったわけではない。しかし、長い年月に何があったとしても、「後期高齢者」などという訳の分からない名称で呼ばれる年齢に達した今、贅沢な昼食を共にしてお喋りをし、旧交を温めることが出来るというささやかな庶民の幸せを「一緒に」噛みしめ、無事に生きてきたことを確認し、喜び合ったのであった。

小学校、中学校時代に何があったとしても、60年もの空白の歳月を経てから互いの無事を確認しあうことは、やはり格別な幸せな思いを味わうことが出来る。CKさんは当時様々なことをスマートにこなす少女で,筆者の目にはかっこの良いクラスメートであった。ちょっとした女王様でいつも何人かが側でかしずいていたような気がする。筆者はYKさんとはかなり親しくしていたが,様々なことにリーダーシップを取れる人であったような気がする。

子どもを育て孫の顔を見て年輪を重ね、恵まれた人生の幸せを感謝し、まだ死には少し遠いと安心している豊かな時間を味わうことが出来る「後期高齢者」?としてのひとときかも知れない。互いに年齢相応にほどほどに健康に過ごしていても、顔にしわが出来、腰が痛かったり、関節が痛かったりして、不調のほうも年齢相応に生じてきている。しかし、このような老化は急激に訪れたわけではないので、仕方の無いこととして受け容れることが出来るのである。お互いに、まだ人生のカウントダウンするには少し早過ぎると秘かに思っていて、今から、10年以上の歳月を与えられているのかな?という期待を互いに膨らませながら、与えられているかも知れない10年を思い巡らしながら、次の小さな「同窓会」を約束して別れを告げた。






 
13:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
Comment








Trackback

講演依頼&お問合せ

公式サイト案内



オンラインショップ

講演情報_バナー

ご案内


skype_seminar_sidebuner4-e1357803993569.png




christmas_1.jpg
安藤和子 文 / 神谷直子 絵
800円(定価)

カテゴリー

最近の記事

過去の記事

安藤和子の紹介

Comment

  • ノアの洪水の史実について学ぶ:加古川バプテスト教会において
    Yukimichi Okabe (11/06)
  • STAP細胞 (16) 笹井芳樹理研副センター長自殺! 自分自身を赦せなかったのだろうか?
    吉村友喜 (08/07)
  • STAP細胞 (16) 笹井芳樹理研副センター長自殺! 自分自身を赦せなかったのだろうか?
    tera (08/06)
  • 老人には時速5kmで踏切を渡りきれない! / 踏切も交差点も若者対象の設定
    頭の悪いおぢさん (05/11)
  • STAP細胞 (9): 後出しジャンケンで 「グー・チョキ・パー」 全部を出した指導者
    武田照子 (04/19)
  • STAP細胞 (6) 関係する記事を公式ホームページに公開
    田口哲夫 (04/10)
  • STAP細胞 (3) 著者/共同研究者たちの責任・他施設の専門家たち
    やすだ (04/03)
  • STAP細胞 (2) 関係者たちの理解し難い対応・著者たち、他施設の専門家たち
    杉森 経弘 (03/19)
  • 盗んだ人、盗まれた人
    ソープ (07/25)
  • 盗んだ人、盗まれた人
    Yasuhisa Hamada (07/25)

Link

Search

Feed

Mobile

qrcode 無料ブログ作成サービス JUGEM