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生き残り、苦闘の人生を辿った元海軍上等兵の感慨:勝っても負けてもダメですね、戦争というのは 
天皇・皇后のパラオ共和国訪問は、彼の地にいる人々に大きな感銘を与えたようである。

太平洋戦争の話をしても、「何を今頃?」と木で鼻をくくったような反応をされることも少なくない。かつて国土が廃墟と化し、日本人が心身共に疲弊しきったことが、日本の歴史の重要な一幕であることを忘れてしまいたいという後ろ向きの姿勢である。沖縄のことさえなおざりにする日本人は、海外で起こった戦闘のことはグアム島やサイパンの悲劇は多少知られていても、その他については余り知らない、というより知らされていないと言った方が正しい認識かも知れない。

パラオ共和国は面積458平方キロメートル、淡路島の面積(592平方キロメートル)の約78パーセント、人口は約2万1千人の小さな島である。

このパラオ諸島で戦死した人々の殆ど、すなわち1万人以上が、この地図(Wikipediaより)のペリリュー島で死んでおり、生き残ったのは僅か34名だという。戦況がひどくなり敗戦が確実になってきたときに、・・・捕虜になることなど論外であるのは当時の日本では常識であり、死ぬときは潔く死ねと教えられていたが、・・・それ以上に、「玉砕を許さない」という命令が届いたのである。戦って、戦って、戦い抜けという命令であった。それはアメリカ軍のフィリピン攻撃を遅らせるための時間稼ぎで、ペリリュー島の兵隊も、民間人も犠牲にしたのだという。そして、火炎放射器を吹き付けて、隠れていた人々を洞窟ごと焼き尽くしたという。

示している海戦の写真は、アンガウル島沖の海戦の写真である(Wikipediaより)。
 
 

この凄まじい戦いで生き残った34名中の1人、元海軍上等兵が今回の慰問訪問に際して島を訪れた。95歳である。95歳とは思えない元気な様子で、インタビューに答えていた。

「激戦だった。瓶の中にサソリとサソリを入れて,ふたをして殺し合いをやったような格好。・・・どちらが死ぬか,もう逃げ場所がない。」

「戦争というものは、殺されるか、殺すかの戦いでしょ。だから、そういう風なことはもうやっちゃぁいけないと、強いて言いたいわけですよ。」

「勝っても負けても,ダメですね戦争というのは。」 

パラオの国旗は、「月章旗」であり、日本の国旗が元になっているそうである。を表す青地にを表す黄色い丸が配置されている(Wikipediaより)。
現在は4人に1人が日系人だそうである。日本語を流暢に話す現地人が、今回の慰問を歓迎する発言をしていた。
 
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