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隔離政策によりハンセン病患者を虐待し続けた国家権力:一人で闘った医師、小笠原登
ハンセン病患者のために生涯を捧げた医師の日記が愛知県あま市・円周寺で発見されて、国家権力と苦しみ回って闘った小笠原登という一人の医師の闘いの内面の記録が明らかになった。

ハンセン病に対する日本国の信じられない虐待の記録は、知られているようであまり知られていないのかも知れない。
今から15年前、2001年5月11日に、ハンセン病元患者が起こした訴訟で、熊本地裁において国の隔離政策の過ちを認め、賠償を命じる判決が下りた。

明治40年(1908年):ハンセン病患者の強制隔離が始まった。強制隔離するために、全国に療養所が建てられ、ハンセン病と判明したら、療養所送りになった。日本では時代の流れに逆行する法律が次々と制定され、国の隔離政策はエスカレートし続けた。

昭和5年(1930年):ハンセン病は国力を損なう病であると決めつけ、癩根絶策を策定した。「癩を根絶し得ないようでは真の文明国に達したとは言えない」と、癩予防法を制定し、生涯にわたって隔離する絶対隔離政策が行われた。

昭和6年(1931年):小笠原登は「癩に関する三つの迷信」という論文を発表。ハンセン病の迷信「遺伝する病気」ではない、「強烈な伝染病」ではない、「不治の病」でもないと論じて、国の隔離政策を批判。

昭和13年(1938年):京都大学医学部付属病院、皮膚科特別研究室として、独立の医療施設が設立された。ハンセン病専門の外来・入院棟を備えており、小笠原登が初代所長に就任。以後、生涯、その時その時に可能な方法で、ハンセン病患者の治療に当たり、ハンセン病は不治の病でないこと、隔離政策の誤りを主張し続けた。

昭和23年(1948年):敗戦によって人権を尊重する憲法が制定され、隔離政策の見直し気運が生まれた。また、癩菌に有効な特効薬プロミンが導入され、癩菌の増殖を阻止する劇的な効果を発揮した。しかし、当時学界を牛耳っていた医師たちがこの特効薬の効果に疑義を呈し、どこまでも国家権力を振り回して、ハンセン病元患者たちを延々と束縛し続けることになった。

昭和26年(1951年):全国国立癩療養所患者協議会結成。 
ハンセン病は治る病気になったとし、強制隔離の廃止、軽快者の退所を法律に明記するよう国に直接訴える。

昭和28年(1953年):上記に待ったをかけたのが光田健輔という大御所。この人物は、多くの栄誉を手にし、文化勲章まで与えられたが、彼の業績はマイナス面の方が多いようである。後に詳細に記載する。
「軽率に解放を叫ぶことはせっかくここまで浄化せられてきた国内を再び癩菌で汚染させるに等しい暴挙と言わねばならぬ。」と主張し、改正「らい予防法」が成立。全患協の主張は受け入れられず、強制隔離は継続、外出は制限され、違反者への罰則も加わっていた。 

平成8年(1996年): 癩予防法廃止。90年近い隔離政策に終止符。戦後、50年もの歳月、日本には良心も存在せず、知識も知性も無かったのだろうか?小笠原が三つの迷信で隔離政策を批判してから70年、国家賠償請求法

政府の意向に沿わない番組を作ると「偏向している」という非難を受ける日本国である。国家権力が、長期間行い続けた隔離政策の間違いを認めたので、国家権力に反逆することをしない従順な組織であるNHKが、特集することに躊躇しなかったのだろう。

特集してもかまわないという国家のお墨付きをもらったときには、NHKは人力と金力と権力をふんだんに使って優れた作品を作ることが可能である。
この番組を参考にして、この問題をもう少し書き続けるつもりである。





 
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