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いのちのビザ・6千人の命を救ったリレー(1)・・・杉本千畝、樋口季一郎、根井三郎、小辻節三等

ユダヤ人に渡航ビザを発給し続けたリトアニア領事代理・杉原千畝

 
ナチ・ドイツの迫害から逃れようとするユダヤ人に、日本への渡航ビザを時間ぎりぎりまで書き続けた杉原千畝(写真 Wikipedia) について、今は日本人にも広く知られるようになったが、それはそんなに昔のことではない。本省の訓令に逆らって、人道的な視点から、領事館に押し寄せるユダヤ難民にビザを発給し続けた「英雄」であるにもかかわらず、政府は彼の振る舞いを認めず、国の命令に逆らったということで事実上の免職にした。

 

1939年1月:リトアニアの在カウナス領事館・領事代理に任命される。8月28日にカウナスに着任。9月1日、ナチス・ドイツがポーランド西部に侵攻し、第二次世界大戦が始まる。独ソ不可侵条約付属秘密議定書に基づき、9月17日にソ連がポーランド東部への侵攻を開始する。(地図、Wikipediaより:赤く塗りつぶしてあるのが杉原が勤務したリトアニア。隣国ポーランドからリトアニアに大勢のユダヤ人がナチス・ドイツの迫害を逃れて来た。)

1940年6月:ソ連軍がリトアニアに進駐する。

この頃、本国政府からは、以下のような通達が届いていた。

陸海軍及び内務各省と協議の結果、「ドイツ及びイタリアにおいて排斥を受け,外国に避難する者を我が国に受け入れることは、大局上よろしくないのみならず、現在事変(日中戦争)下にある我が国では、これらの避難民を収容する余地は無いのが実情なので,今後はこの種の避難民(外部に対しては単に『避難民』の名義とすること。実際はユダヤ人避難民を意味する)のわが国内地(本土)ならびに各植民地への入国は好ましくない。(但し、通過はこの限りでない。)」とすることで意見が一致した。

 

ドイツ占領下のポーランドから逃げてきた多くのユダヤ系難民などが、各国の領事館・大使館からビザを取得しようとした。リトアニアを占領したソ連は、各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは、まだ業務を続けていた日本領事館に通過ビザを求めて殺到した。

 

杉原千畝の回想

「忘れもしない1940年7月18日の早朝のことであった。6時少し前、表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外を窺うと、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った。」

 

7月:こういうヨーロッパ情勢下に,杉原千畝のいのちのビザの発給が行われたのである。まさに命がけの行動であり,このために杉原は日本の権力から様々な迫害を受けた。実は戦後も彼らは執拗に杉原の行動を非難し続けたことが記録に残っており、記憶されている。杉原がいのちを賭してユダヤ人6000人に書き続けた通過ビザ(TRANSIT VISA、Wikipedia)は、写真に見るとおり手書きである。

領事館に救いを求めてやってきたユダヤ避難民に同情し、本省の命令に反して通過ビザを発給。

 

外務省より領事館退去命令。

8月29日領事館閉鎖。

9月5日、カウナス駅より国際列車で退去。ベルリン経由でチェコスロバキアの在プラハ総領事館に着任。

 

彼と妻との信仰に基づく勇気ある愛の行動の詳細に関しては,別に稿を起こして書く予定である。

 

日本国政府による公式の名誉回復:2000年10月10日

 

イスラエルはもとよりのこと、諸外国で勇気ある行動が高く評価され、1985年、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で、日本人では初めての「諸国民の中の正義の人」として認定された。彼の名前が世に知られるにつれて、賞賛と共に、政府の訓令に違反したことに関して「国賊だ、赦せない」など中傷の手紙も送られるようになった。これが、戦争が終わって40年も経っていることを考えると、信じられない日本人の反応である。どれ位の人々が杉原千畝の行動に対してこのような思いを抱いたかは分からないが、日本は軍部によってかき乱され、一般国民は多少とも軍の犠牲になった歴史を知っているなら、このような反応は出てこないはずである。

 

外国も含め、各方面の様々な活動、働きかけがあり、日本国政府として公式に杉原千畝の名誉回復を行ったのは、実に、2000年10月になってから、ついこの間のことであるとは、何という恥ずかしいことだろう。杉原の生誕100周年に当たり、杉原の業績を称える顕彰プレートが外務省外交史料館に設置される。顕彰プレートには「勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝氏を讃えて」などの文言が記載されている。除幕式に於いて、外務大臣河野洋平が、以下のように述べて、政府として正式に詫びを入れ、杉原千畝の行為を高く評価した旨を演説した。

 

「これまでに外務省と故杉原氏の御家族の皆様との間で、色々御無礼があったこと、御名誉にかかわる意思の疎通が欠けていた点を、外務大臣として、この機会に心からお詫び申しあげたいと存じます。日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、また最も重要なことであると常々私は感じております。故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、人道的考慮の大切さを示されました。私は、このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。

20001010日の顕彰プレート除幕式での外務大臣河野洋平の演説」(Wikipediaより転載)

 

 

 

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