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「歩道橋は人に優しいか?」
安藤和子の独り言 第3回 2012年9月10日

「階段が急で、お年寄りには大変だと思いました」と子どもの声が朝のテレビから耳に飛び込んできた。子どもたちが防災マップを作った感想の断片である。どのような番組だったのか、どの地域のことか、聞いていなかったので分からないが、この飛び込んできた声に、昔々のことを思い出した。

 1967年、当時、世の中には様々な問題が山積し、大学も病んでいて、落ち着いて学んだり、研究したりすることが出来ない状況で、大学は大きな改革を迫られていた頃で、まさしく大学紛争の前夜であった。

私は当時、東大大学院の博士課程に在学しており、将来、大学はどうあるべきか等という、研究とは直接関係のないテーマで、会議が開催されたりしていた。折しも、「何とか突破口を」との世論の期待を受けて、革新的な学者、美濃部亮吉が東京都知事選挙に立候補したというニュースに、私たちは湧いた。対立候補は自民党・民社党の推薦を受けた立教大学総長の松下氏という大物であり、私たちは苦戦を予測したが、何とか当選して欲しいという思いを、多くの学生が共有したように思う。非常に積極的に選挙活動をした学生もいたが、私自身はささやかに、口コミ応援程度しかしなかったような気がするが、それなりに肩入れをしていた。彼が都知事になったらきっとこの閉塞状況を解決してくれる、という大きな期待を抱いていたのは事実である。選挙後の開票速報は深夜遅くまでチェックし、大量得点で見事に当選した時には、友人たちと祝杯を上げた。

彼がどれほど東京都民の期待を背負っていたかは、その驚くべき得票数から窺い知ることが出来る。ウィキピディアによると361万5299票を獲得したそうであり、これは個人が獲得した得票数としては日本選挙史上最多得票記録であり、現在も破られていないそうである。この大量得票のうちの1票は当時の私が熱い思いを込めて投票した1票である。

彼が知事になってほとんど最初にしたことは、驚いたことには「人を自動車事故から守るた名称未設定.jpgめ」という大義名分を掲げて、歩道橋を次から次へと設置し始めたことである。彼は庶民のために働いてくれると信じて応援しただけに、失望、幻滅、怒りは大きかった。一緒に祝杯を上げた仲間と絶望感みたいなものに打ちひしがれて、やっぱり「エエシのボンボン」はダメだ、と語り合った。・・・「エエシ」とは「好衆」という漢字が当てられているようであるが、金持ち、財産家という意味である。「エエシのボンボン」とは、「お金持ちの息子で、この世のこと、大勢の普通の人々の生活も苦しみも心も分からない坊や」という意味で、もちろん良い意味ではない。 もしかしたら「エエシ」も「ボンボン」も大阪弁かも知れない。
 
当時、私自身は20代後半、元気いっぱいであったが、歩道橋が弱者をどんなに痛めつけるかということで眉をひそめていた。年寄りや体力の衰えている病人、あるいは身体障害者、赤ちゃんや子ども連れの人にとって、歩道橋はある種の拷問である。階段を昇り、そしてまた降りることの苦痛は、元気なものには理解出来ない。敏捷に動ける元気な者は、歩道橋を使おうが、使わないで車の波を潜り抜けて道路を渡ろうが、安全に渡れて大差はない。ところが、体力の無い人には、歩道橋はとてつもなく辛いから、危険を承知で何とか道路を渡ろうとする。しかし、車のスピードをしっかりと把握できない上に、体が付いてこないので道路を渡るのに時間が掛かり、安全に渡れないで事故に遭ったりしているのである。

「エエシのボンボン」は、こんな簡単なことを理解出来ないで、歩道橋をこれだけ設置して安全を図りましたと、声高らかに業績として語っているのを聞いて「こりゃ、ダメだ」と思った次第であった。確かに、自動車を迂回させたり、上を走らせる車道を作ったりするのは、大変以上の大変である。それが出来なくても、歩行者を無事に歩かせるための方策は他にあっただろう。しかし、歩道橋を作るのが一番安上がりであり、マスコミ受けし、何となく達成感を味わえる。耐え難い苦痛を弱者に強いる権力者の顔をもろに見せられたと思った。

それでも美濃部氏は人気があったのか、まずまずの善政を行ったのか、三期十二年間、知事を務めた。それも、二期目は自民党推薦の前警視総監を破り、三期目は自民党推薦の石原慎太郎前代議士、つまり1999年以来現在までの都知事、そして民社党推薦の松下氏を破っての当選である。ちなみに、私は二期目の選挙の時は日本を離れており、その後の美濃部都政がどうであったのか、当時の友人たちからは折に触れて手紙で知らされていたのだろうが、ほとんど記憶に留まっていない。帰国した時には、彼はまだ知事であったはずなのだが、私は東京へは戻らなかったのであまり記憶にはない。

かくして、弱者切り捨てを平気で行う日本の社会は階段だらけで、弱者は外へは出にくい。今、私は当然のこととして当時の体力はない。パソコンを持って講演に出かけるが、東京の地下鉄の一番深い、深い地底から地上に出るまで、あの凄まじい階段はさすがに辛い。しかも、この階段、体の小さい者、足の短い者には一段の安田講堂.jpg高さがほんの僅かだが微妙に高すぎて、一つ目の階段では気が付かないが、二つめ、三つめの階段になると、この段差の微妙な高さが、さらに辛さを増す。「10年後には、講演の奉仕のために出かけることが出来なくなるかもね」と、ふと思う。

美濃部氏の知事就任二年後、1969年に大学紛争が暴力沙汰になり、東京大学の安田講堂が暴力学生に占拠された。そして機動隊が大学に突入して学生たちを武力で制圧して、「安田講堂落城」ということで、学生たちをことごとく逮捕し、表面上は一件落着ということになった。ウィキピディアには「警視庁の勝利」と書かれてあるが、もちろん、この攻防戦には勝者はいない。全員が敗北したのである。学生たちも、大学の教職員も、政府の責任者も、もちろん警視庁も、そして大きな意味では国民も、全員が敗北したのである。東京大学は国立であり、警視庁も管轄は国であろうし、美濃部氏は直接には関係ないだろうが、しかし、知事としてすでに二年間、東京都の責任を担ってはいたのである。
            
大学紛争だ、安田講堂攻防戦だと言っても遠い昔のことで、若い人々にはもとよりのこと、当時いた人々であっても、関わった人々以外には興味がないかも知れない。しかし、当事者であった私たちには、忘れられない屈辱の出来事であった。日本の歴史において、大学というところがどのような歩みをしたかを語る一幕として、勝利者のいない、全員敗者の闘いであったことを肝に銘じて覚えておかなければならない出来事であると私は思っている。社会情勢を反映して大学も改革の必要に迫られ、権威の牙城であった東京大学の本部機構、安田講堂が学生たちの攻撃の的になり、それを国家権力が武力制圧した。しかも、いったい何が成果として得られたのだろう? 失ったものは大きく、得るべきことを得なかったような気がする。私たちは、あの敗北から大きなことを学べるのではないか、大学は大きく変革するのではないかと期待したが、東京大学のお尻の重さは容易なことでは変わらなかったようである。ますます、権力者が猛威を振るい、弱者虐めをしている悲しさを背負って日本の国は歩き続け、大人のすることを子どもたちは真似をする。かくて、学校での虐めの問題は手が付けられない状態になっているようである。

すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります。」
イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」(ルカの福音書10:27、28)


そして、この後にキリストが話された有名な「よきサマリヤ人」のたとえ話(ルカの福音書10:29〜37)が記されている。キリスト信仰の究極の到達点は、「愛」である。この箇所に登場する律法の専門家と同じように、クリスチャンは「愛」を自分の内に掴み取ることが出来なくてイエス様に問い続けている。よきサマリヤ人でなくてはならないという新たな律法に縛られているのかも知れない。
私たちが見た「よきサマリヤ人」の代表は、マザーテレサであると私はやはり思うのである。彼女はこの世の絶大な称賛を浴びてしまったが・・・この書き方に残念な響きを伝えているかも知れない。ある意味で望ましいことではあったが、ある意味で残念だったと思っているのである。この世で報いを受けてしまったことを。
しかし、彼女はこの世での報いを受けても受けなくても関係なく、生涯をキリストに捧げ、社会に見捨てられ虐げられている人々に、その人生を捧げ尽くしたであろうと私は信じている。
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安藤和子 文 / 神谷直子 絵
800円(定価)

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