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踏切事故の犠牲者:弱い者いじめをする社会
 「金」という何とも複雑な意味がこもった漢字が2012年の漢字に選ばれた。オリンピックの「メダルラッシュ」、ノーベル賞受賞の「金」、金環日食の「金」という輝かしい「金字塔」と同時に、消費税や生活保護など金に関わる問題の多発により選ばれたそうである。明るい側面と暗い側面を伝えるこの「金」という漢字であるが、世相を眺める時に、私が選ぶ漢字は「虐」になりそうである。政治家たちは言葉ばかり美しいことを言いはするが、自分たちの利権しか念頭に無いような気がする昨今である。衆議院議員選挙が目の前に迫っているが、ある論争で、ある人が子ども手当に言及して「自分も、〜も、〜も、(豊かな人には)子ども手当は不要である」と断言した。議員の給料を減らし、議員数を減らしたある地方の首長の発言である。この人の主張には賛成しかねるところは色々あるが、他の大金持ちの議員たちに比べると少なくとも今は弱者を見ているという気がする。人を見ないで、弱者をいじめる(虐める)政治の結果が、現実の社会の様々な弱者いじめ、子どもたちのいじめ問題にまで波及していると私は見ている。

さて、本題に入る。埼玉県の踏切で、自転車に乗っていた70歳の男性の荷台から荷物が落ちたので、男性はそれを拾いに線路に戻った。電車が近づいてきていたのを見た60歳の女性はこの男性を助けに行って二人とも電車にはねられて命を落としてしまった。この踏切は、遮断機と警報機があり、非常停止ボタンもあったが、ボタンは押されていなかったという。
「すでに警報機が鳴っていて、電車が接近していることを知らせていた。渡り終わった直後踏切1.jpgに遮断機も下りていたから、落とした荷物を取りに戻るのは確かに、若者でも危険な行動であっただろう。まして体力のない老人のすることではなかった。それを目撃した女性は、助けに行くのではなくて非常停止ボタンを押すべきであった。」一々、もっともな論理であり、何とでも言えるかも知れない。しかし、若い時に持っていた様々な能力は、老人になって衰えるものである。落としたものを無事に拾えると思った。それだけの敏捷さを失っているという判断力もまた、低下していた。それが老人である。そのようなことを配慮しない社会であることを私は「弱いもの虐めをする社会」であると考える。

別の事例では、電動の車椅子の女性が踏切に入った直後警報機が鳴り出し、渡り終わる前に遮断機が下りてしまった。車椅子は遮断機を潜り抜けることが出来ず、結局、電車にはねられて死亡してしまった。そして、鉄道会社はあろうことか、遺族に修繕費を請求してきたという。怒りを通り越して、呆れて開いた口がふさがらない。踏切の様々な不備を考えると、遺族に哀悼の意を表して、なにがしかの弔慰金を差し出すのが血の通った人間のすることではないかという気がするのであるが、いかがなものだろうか?
〃拱鶺,鳴り始めてから遮断機が下りるまでの時間、⊆彙乃,下りてから列車が通過するまでの時間、2,契擇辰董△△襪い老箚屬鬚いくぐって車椅子の人が脱出出来ないような構造になっている遮断機であること、と鷯錺椒織鵑設置されていなかったこと、テЮ敍發房岼愡劼篆佑覆匹いることを検知するような装置が付いていなかったこと等々、この踏切には様々な不備があったと思う。

線路の高架化や地下化などに伴って踏切事故は大幅に減ってきたという。平成22年度に発生した踏切事故は303件、死亡者は118人である。踏切事故の半数が高齢者であることが調査の結果明らかになり、弱い年寄りが犠牲になっている。踏切2.jpg
踏切の数は他の先進国に比べてダントツで、1桁、2桁多いそうである。2011年度、踏切道の数は33,968か所であり、踏切の新設は厳しく制限されているようである。その一方で、踏切が新設される場合もある。阪急電鉄では、2010年12月5日、西宮北口駅8号線上に、駅南側東西の往来を円滑にする目的で新たに踏切を設置した。この8号線は今津線車両の入出庫のみに使用される回送線であり、1日の列車の通過は早朝・夜間・深夜のみで10本にも満たない(2011年時点でのダイヤでは、1日4本のみ)ことから、設置が認められたそうである。

一口に踏みきりと言っても、何種もの電車軌道が平行している下の写真のような踏切は、杖をついて歩く病人や老人、車椅子の人が渡り切るには時間が掛かる距離である。日本中にこのような踏切は相当数ある。踏切3.jpg
踏切ではないが、私の住む地域で歩行者を守るという建前で決められた歩車分離の横断歩道がある。建前は良いのだが、歩行者が渡れる青信号の時間は、普通の大人が渡りきるのにやっという時間しか設定されていない。体調が悪い時や、老人、車椅子の人は、信号が青の間に渡りきることが出来ない。私もこの横断歩道を渡りきれなくなる日も、そんなに遠くはないという気がしている。一方、車の方は、双方向共に直進車がほぼ全部直進し終わり、右折車も無事にこの交差点を通ることが出来るだけの時間がちゃんと設定してある。建前とは裏腹に、車優先社会、元気な者優先社会、弱者切り捨てのやり方である。               
一方、歩行者は通常余りいなくて車だけが行き交う小さな交差点が歩車分離になっていると踏切4.jpgころが私の住居地の近くにある。歩車分離にする必要など全くないのに、実態を知らないで設定したのであろうが、車も歩行者も一旦赤信号になると、青信号になるまでの待ち時間が余分に長くなる。車に関しては、小さな交通渋滞にしか過ぎないと言えばそれまでであるが、ちょっとした交通渋滞の要因を生み出している。問題は歩行者である。斜めに渡りたい人はほとんどいない交差点であるので、延々と待たされるのは堪らないということであろう・・・信号を無視する人が相当いるのである。交通量が少ないので危険は少ないけれども、それでも歩行者が信号無視をしたために犠牲になってしまうような事故が起こらなければ良いがという懸念を禁じ得ない。

踏切は、日本の法律では1種から4種に分類されているのだそうで、第3種踏切は、写真で分かるように、遮断機はなく踏切警報機のみが設置されているもので、注意を促すため「ふみきりちゅうい」の標識が立てられていることもある。

第4種踏切は、踏切警報機や遮踏切5.jpg断機は設置されて
いない。地方ローカル線で多くみられ、特に自動車の通行できない道路に多い。「とまれみよ」という標識などがたてられているのみで、実際に列車が接近していて危険ではないかどうかの判断は通行者の目視等にゆだねられているため、事故が発生しやすい。この種類の踏切は二輪車又は小型特殊自動車を除く自動車の通行を禁止している箇所が多い。また、信号機によって道路交通を規制する方式の踏切もこれに分類される。汽笛吹鳴標識が手前に設けられ、通過する列車は警笛を鳴らす事が非常に多い。

日本の鉄道網の発達は、非常に便利な社会を作り出したことは事実である。便利を獲得するために、あまりにも人を粗末に扱いすぎたところが大問題なのである。私が多少とも知っているのはアメリカだけであり、後の国々は旅人として訪れたに過ぎないのであまり知らない。
アメリカは大陸を横断する列車と、都市部の地下鉄とバス以外は、便利な公共の乗り物はなく、もっぱら車社会である。したがって踏切などはある意味で人々の生活と密接に関係を持っているものではない。
 ヨーロッパには結構便利な列車が踏切6.jpg走っているが、日本人には珍しく見えるかもしれない踏切を紹介しておこう。遮断されているのは列車であり、人が遮断されているのではない踏切である(右写真)。2-3分おきに電車が発車して、開かずの踏切があるような日本にこのようなことがそのまま導入できるというのではないが、しかし、その考え方の根本だけは取り入れたいという気がする。便利、便利、科学技術革新と人々の幸せを無視して経済発展だけを追求してきた日本は、何のための経済発展であり、技術革新であったのかを忘れ果てているようである。

前に歩道橋のことについて少し書いたが(「歩道橋は人に優しいか?」安藤和子のブログ 独り言・第3回 2012年9月10日)、踏切に関しても同じ発想法で全てが処理されているという気がする。体力の無い人、様々な社会的弱者のことを全く理解しないで、弱者を護っているつもりで痛く傷つけてしまっている歩道橋を作った思想で、踏切問題も対処されている。
警報機を鳴らしてから遮断機が下りるまでの時間は、体力の無い人、車椅子の人が渡りきれるだけの時間を取っているかどうか、体の大きい男性の基準で定めては駄目なのである。実際に、車椅子が無事に渡るためには線路が障害になっているので時間が掛かるのである。万一遮断機が下りてしまっても、車椅子が潜り抜けることが出来る配慮がなされなければならない。非常ボタンが設置されていても、これまた小さな人や車椅子の人は押せない位置に設置されているのである。押したことがないので分からないが、小さな力の人でも押せるようになっているだろうかという懸念さえ覚える。踏切内の障害物検知装置は車が立ち往生した時のもので、人や車椅子を検知しないのである。

私は車を運転している時は、多少遠回りになっても踏切を渡らないでもよい道を走ることにしている。電車があまりにもひっきりなしに通るということがあり、踏切内で万一にも何かが起こった時に、対処するだけの時間を確保できるかどうかという気がするからである。歩行者として、あるいは車の運転者として踏切を渡る時に、警報機が鳴り始めたらあっという間に遮断機が下りてくること、そしてあっという間に電車がやってくることを知っているからである。そのための訓練を受けた人なら対処できるはずであるという、とんでもない発想法で定められているからである。
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