「汚名挽回」??する豊島区議。日本語の乱れは目に余る!

東京10区の補欠選挙、小池都知事と蓮舫民進党党首との代理戦争になって、候補者そっちのけだとか?

 

ともあれ、都知事選で小池氏を応援したために自民党から離党勧告を受けた本橋豊島区議は自民党候補を応援している。その応援演説で「汚名挽回」するらしい。もっと、もっと汚名を築き上げるのか?まぁ、議員とか官僚とかは、泥まみれだから、更に、この泥を積み上げることばかりしているのかも?

この区議曰く「汚名挽回じゃないが、有権者と向き合って、(自民党候補の)若狭氏の信念と政策を粛々と力強く訴える」と、実に奇妙な日本語である。「粛々と」「力強く」って、どういうことだろう?

 

言いたいことは「想像」出来るけれども、何という貧弱な日本語を使う情けない公僕だろう!これくらいの日本語は知っていて欲しい。このような間違い日本語を使う人々が税金から高給を貰って、人々の生活を左右する規則を決めたり、その中から金銭をちょろまかしたりしているのかだろうか?

 

ちなみに正しくは、「汚名返上」であり、何か悪いことをして悪い印象、名前を貰ったら、それを払拭するために良いことをして、その汚名を消し去るということである。

 

挽回すべきは、名誉である。

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将棋の公式戦中に頻々と席を離れて疑われた棋士・・瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず・・・

日本将棋連盟は、対局中にしばしば席を離れた三浦九段を出場停止処分にした。現在竜王戦が始まろうとしており、その挑戦権をすでに獲得していたが、この処分によって竜王戦の挑戦者は次の順位の棋士になるという。

 

将棋ソフトは近年めざましい進歩を遂げており、電王戦ではソフトが棋士に勝ち越すという事態になっている。そのため、ソフト使用が疑われるので、対局中においては電子機器の利用に制限が必要だという声が強まっていたらしい。将棋連盟では、電子機器は対局前にロッカーに預け、対局中の使用を禁止する、また対局中の外出禁止という2点を規則に追加したという。そして、使用が分かった場合には、除名を含めた処分を検討するとしていた。

 

そのような状況の中で、三浦九段が敢えて対局中に外出したということで、今回の処分に至ったらしい。当人は「濡れ衣」だと抗議しているが、疑わしげな行動をしたこと自体が問題である。

 

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という麗しいことわざがある。ちなみにこれは「かでんにくつをいれず、りかにかんむりをたださず」と読み、瓜の畑で膝を屈めて靴を履き直すと、瓜を盗むのではないかと疑われる。また李(すもも)の木の下で冠を被り直すと、すももを盗むのではないかと疑われる。だから、疑われるような行動をするなという戒めである。

 

今や、将棋ソフトが人間のプロ棋士を負かす時代である。席を離れてはならないのは言われなくても常識である。しかも、連盟ではすでに警告を発し、上記のような規則を定めていた。ソフトを調べていないという証拠は得にくい。彼がIT音痴であればいざ知らず、そうでなければ、証拠を残さずにソフトを使用することはそんなに難しいことではないので申し開きは出来ないだろう。

 

 

 

 

 

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レシートを捨てると罰金・脱税王国イタリア

世界雑知識

 

イタリアは脱税王国で、昔、商店ではレジに打ち込まず、すなわち売り上げをごまかすためにレシートを出さないという方法で脱税をする人が大勢いた。それで、レシートを必ず発行しなければならない、また買い物をした人も、レシートを捨ててはならないという法律を定めた。レシートを捨てたら脱税を助けたことになって、罰金を科せられるという。

 

ちなみに、日本も相当の脱税大国でイタリアを笑っておれない。お金持ちほど、また、高い地位に就いている人たちほど、一般的にはお金に汚く、不正をしてでもお金が欲しいらしい。国会議員、地方議会議員の公費の「ちょろまかし」は昨今問題になっているが、あぁ、またかと思わせられるほど彼らは汚いお金を手に入れている。そして、庶民レベルでは、スーパーなどでは機械的にレシートを出すようであるが、個人商店ではレジを打たないで売り上げをごまかすことが行われている。どういう基準で、レシートを出したり出さなかったりするのかな?と思うものの、レシートを下さいと頼むことを忘れて帰ってしまうことがしばしばである。何となく、レシートを請求しにくい雰囲気を漂わす商店が多いのである。

 

ゴミの捨て場所

 

昔、数多くの国々に出かけていたときに、出かける前にそれぞれの国事情を学んで出かけたが、驚くことが一杯あった。

 

花の都パリでは、観光バスに乗ったときゴミをどこに捨てるのかと聞いたら、窓の外を指さされて何のことか分からなかったが、窓から道路に投げ捨てろということであったと知ったときの驚きは! ゴミは道の端に設けられた溝に集められ、それを、所々に設けてある穴に水で流し込み「掃除」するのだという。今も、そんなことをしているのだろうか?

 

それと対照的なのは、シンガポールであった。うっかり小さな紙くずが手から滑り落ちたら、罰金を科せられるのである。おかげで町には塵一つ落ちていない。息が詰まるほど規則ずくめの国である。昔、アメリカから帰国したときに、しなければならないこと、してはいけないことと規則ずくめで窒息しそうな思いをした・・・・今は、すっかり慣れたが、日本も規則の多い国である。しかし、シンガポールは、日本の比ではない、規則ずくめである。


諸外国、それぞれ旅人として訪れるのは楽しい。しかし、旅を楽しんだのは事実ではあるが、それでも息の詰まる思いをさせられたのは旧ソ連と中国とそしてシンガポールであった。シンガポールは変わっているかも知れないが、ロシアや中国は20年前より悪くなっているのではないだろうかと思わせられる。

 

 

 

 

 

 

 

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安田講堂事件47年:大人の理不尽に、怒り、行動することを知っていた若者たち

世界で、昔の若者は大人の理不尽に怒った!

 

泥沼化したベトナム戦争にアメリカで反対運動が起こり、フランスでも学生たちが蜂起(5月革命)した。このベトナム戦争に駆り出されるアメリカの若者たちにとって、ベトナム戦争は自分たちの問題であった。実際、ベトナムからの帰還兵の多くが、精神に異常を来したほどの異常な戦争であったようである。

 

日本でも、ベトナム戦争反対、安保条約反対といういわゆる政治的な学生運動が激しくなったが、一方でその域を抜け出し、自分たちの生活の問題、大学の自治の問題で立ち上がったので、一部の学生の運動ではなくなり、大勢の学生全体の問題になった。こうして学生たちの大人に対する不信感、怒りが日本中の大学で爆発した。その究極に安田講堂事件が起こった。

 

安田講堂事件に至るまで

 

医学部の学生は、卒業後1年間は研修医として無給で奴隷のように働かなければならず、その後の学生たちの将来を教授たちが握っており、教授に逆らうことは生活を失うことであった。大学という城は、特に医学部は、「白い巨塔」以上の魔物であったのである。

 

よく考えたら、筆者が所属していた理学部も、基本的には同じだったのであるが、理学部学生にはその自覚はあまりなかったという気がする。大学院生は、無給どころか授業料を支払って労働者として働いていたのである。ただ、「論文の著者にして上げるよ」、やり通せば「修士号」、そして究極の「博士号」というニンジンを鼻先にぶら下げられていたという客観的な状況を把握していなかったのかも知れない。もっとも、話にきく医学部のように組織や教授による峻烈な締め付けはなかった。

 

権力者たちは、学生たちが命令に従わないことに怒った。政府は弱者を締め付ける権力であるということは大勢が知っている。しかし、学生を教え、導く立場の総長が、さっさと警察力を導入したことに学生たちは怒った。当時の大河内東大総長が機動隊を導入して大学を武力制圧しようとした。このけしからん行動は、学生たちの怒りに油を注ぐことになった。安田講堂の占拠は、話し合いの場から総長が逃げ出してしまったことに始まったのであり、学生たちが理不尽にも安田講堂を占拠したのではなく、総長が話し合いを拒んだことに拠るのである。数々の理不尽は、大学側の行動にあるのである。

 

安田講堂事件

 

安田講堂事件全体は、医学部がそもそもの始まりであったし、理系の学生は、このような運動の先頭を切るだけの能力がないので、他学部の力ある学生たちの後ろをついていくだけである。まして、当時大学院博士課程の筆者たちは、ただ、「あれよ!あれよ!」と見ていた無力な立場であった。そして、最後に大量の機動隊が入ってきて、東大の安田講堂が戦場と化した日、筆者たちは大学に入れてもらえなかった。貧乏な大学院生は、洗濯機やテレビなどという結構なものを下宿に持ってはいない。夜中まで営業している喫茶店に居座って、自分たちの大学が戦場と化していく姿をただ呆然と見ているしかなかった。

 

その年、入学試験は中止になった。高校3年生や予備校生や、その親たちは、「自分たちはすでに東大に入って、将来はエリートとして生きる道を与えられているから、こうして暴れ回って後輩の行く手を阻むのはけしからん」と言った。しかし、この運動の指揮者は、実は東大生ではなかったと聞いている。このような運動の指揮を執るにはエリートはあまり役に立たないので、近隣の大学の運動家が指導者としてやってきて東大生はむしろそれに従った形で、一緒に主力部隊として安田講堂に立てこもったようである。

 

物理的には、多くの校舎がボロボロになった。分けても安田講堂は見る影もなく破壊され尽くした。しかし、破壊されたのはこのような物理的な構造体だけである。本部機能も失った。多くの情報も失った。しかし!

 

安田講堂事件で失ったもの

 

「東大でなければ大学ではない」と心の中でうそぶいていた人々、「東大を出て、大学教授への道を突っ走り、あるいは官僚になり、あるいは一流企業に入り、出世街道まっしぐら」という東大流の世界観、権力を振りかざして弱い者いじめをしていた人々の世界観は大きく変わるだろうと淡い期待をしていたが、完全に裏切られた。

東大のエリートは頭が固い。そもそも頭が固いからこの事件が起こったのである。

 

運動に全力投入し、国家権力によって逮捕されたのは、安田講堂だけでも377人だという。それ以外の建物に立てこもった学生たちを加えれば、400人を越えるだろう大量の逮捕者が出た。その人々の人生は変わっただろうし、実は、どうやら悪くはならず、吹っ切れて豊かな人生を歩いてきた人々も大勢いるようである。

このような運動に積極的に携わった人々を筆者は知らないが、当時、理学部と言えども大学の制度改革には頭を悩ませていたのである。そんな小波の中にいた人々も大なり小なり、その人生観は影響を受けた。そして、予定していた道を大幅に変更した人々もいたのである。

 

あの後、連合赤軍による旅客機ハイジャック事件が起こったり、様々な暴力的な運動が起こったりして、安田講堂事件に集約されたかつての若者の「目的意識、夢」は、どうやら雲散霧消してしまったのだろうか? 

そして、あれから47年。北朝鮮に逃れ出た連合赤軍の人々も、人生の終わり近くになって、望郷の念ひとしきりだそうである。北朝鮮でどのような生活を送っているかについてちらほらと伝わってくるが、彼らは、自分たちのしでかした若い日の過ちに歯ぎしりしているのだろう。

 

大学改革を目指して全力を尽くして闘争したが、結果的に実を結ばなかった。勝利者のいない闘いであった。

運動が実を結ばなかった結果として世の中にもたらしたもの、それは、今の若者が現状に妥協するようになっていないかということである。なるようにしかならない、一生懸命に闘っても何も得ることがないのなら、「長いものに巻かれた方がまし」と思っていないだろうか? 

選挙権の年齢が引き下げられたが、若者の投票率の低さは目を覆うばかりである。選挙に行っても「得することは何もない」みたいなあきらめムードを持って、現実に流される生き様は、若者ではない。

 

安田講堂事件にまで至った当時の若者たちは、現状に飽き足らず、常に上を向いて改善しようと喘いでいたのではないだろうか。それこそが若者の生き様である。昔の若者である筆者は、今の若者に若さを持って欲しいと思う。肉体は若いだろうけれど、若さは肉体ではない。精神の若さを獲得して欲しいと切に願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京都の財布が自分の財布と思った1300万人の「長」と村民の幸せを考えた470人の村の「長」

有能過ぎて、他の人への思いやりを忘れた首長

 

奨学金を受けて大学を卒業したエリート弁護士が、頭がどんなに切れるかということを売りにしてテレビで名前を売り、新しいタイプのアイドル・タレントになった。そして、タレント議員になってさらに名を売り、どんどん自分が「エライ」とうぬぼれるようになったのであろうか? 遂に、東京都知事という巨大な権力を手に入れたタレントは自分の思い通り、わがまま気ままにしても、都庁の職員はすべて自分の命令に従うはずだという恐ろしい錯覚に陥ってしまった。

 

かくて都の財布は自分の財布だと錯覚してしまった。エライ都知事がビジネスクラスでは恥ずかしいという感覚を身につけてしまった。一方、東京都民は厳しい経済生活を強いられており、ある人々は住む場所さえなく、ある人々は生活保護費を「貧困ビジネス」をする悪者に巻き上げられて、強者の餌食になっている。普通の生活をしている人々でさえ、毎日の生活に10円でも倹約しようとして苦労しているのである。それが、エライ都知事が支配しようとしていた一般の都民なのである。

 

ともあれ、都議会は桝添氏を辞めさせることを目的としてしまった。そして、参議院選挙に影響が及ぶことを恐れた自民・公明の両党は、かつて自分たちで彼を担ぎ出した責任を忘れ果ててしまった。間違ったことを目的にしたので、辞職を申し出た途端に、すべてをうやむやにして一目散に参議院選挙に突っ走ったのである。彼のしでかしたことをきちんと報告させる義務が都議会にはあるのであるが、そんなことはどうでも良いのか、あるいはあまり明白にして貰っては困る諸々があるのかも知れない。

 

日本にもいた忠実な公僕

 

つい先日、日本を訪れた大人物、世界一貧しい大統領として有名なウルグアイのムヒカ氏と同様に、公僕という名にふさわしく人々に仕えた村長が、この間退職した。和歌山県北山村、人口たった475人の小さな村の村長である。出張してもランチは学生食堂で1、210円、しかも、これは経費ではないと自腹でまかない、宿泊費の上限は、1泊1万3000円。村民の目線に立って物事に対処すると言う。ランチの1,210円、宿泊費13,000円は、まさしく筆者を含めて、庶民の生活水準である。

 

都民1300万人、何兆円もの予算を動かす首都の知事と、小さな村長を比べることには意味がないという意見がすぐに出てくるだろう。しかし、姿勢の問題、心構えの問題である。自治体の大小は関係ないと、この村長が言うとおりである。

 

言葉だけのきれい事は、桝添さんだけではなく、多くの人々が大声で怒鳴り上げて票を稼ぎ、議員になったり知事になったりしている。しかし、当選したら言ったこととは裏腹に、自分を楽しませることだけを行う。号令だけは誰にでも出来る。

しかし、この村長は、様々なことを実践して、村の発展のために、子どもたちの教育のために、村民の幸せのために身を粉にして働いたようである。

 

精神において、このような指導者をそれぞれの自治体に、国会に、そして総理大臣に選ぶためには、国民が自分の1票を賢く使う知識と知恵を用いなければならない。

 

そろそろ、アイドル・タレント議員、タレント知事には「サヨナラ」しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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アメリカのトランプ旋風! アメリカ人の心に秘めた暗部をえぐり出す!

トランプ旋風

 

アメリカの大統領選挙は、力で民主主義を勝ち取ってきたアメリカらしい選挙合戦を繰り広げる。その選挙合戦でびっくりするような人物が躍り出てきた。

 

恥ずかしいほどの大金持ち、バサバサと人の悪口を言い、驚くべき人種差別、宗教差別的発言を怒鳴り回す。特定の外国人、イスラム信者をアメリカに入れない。人を人とも思わない言動に眉をひそめる人も大勢いる中で、強烈で、押しの強い、豪放闊達な人物は、銃を持って自分を守ってきたアメリカ人の気風に合致したのだろうか? どんどん人々の人気を勝ち取ることに成功してきた。

 

そして、よもやと思っていた事が起こった。

大統領候補に選ばれてしまい、クリントン氏との闘いになった。

 

アメリカ人の心の奥に押し込められている差別意識

 

アメリカの歴史を思い起こして簡単に総括できることは「闘争」である。隣国との闘いに明け暮れたヨーロッパで闘争の素地が充分備わった人々が移住してきて、武力で原住民からあの大地をもぎ取った人々である。原住民を駆逐した精神は、まさしく、トランプ氏の思想である。そして、本国イギリスから独立するために闘い、西部まで全土を制圧するために「闘争」し、南北戦争の「闘争」に勝った人々である。

 

しかし、剥き出しの闘争心を暴れさせては国内でも国際関係でも生きてはいけないことを、アメリカ人は学んだ。

国内で原住民を駆逐してしまって、有無を言わさず口をつぐませてしまった。しかし、黒人はそうはいかなかった。人口が増えるにしたがって黒人を無視するわけにはいかなくなり、争わずに勝つすべを身につけたようである。表面だった差別をしないし、差別用語は使わないが、心の中に差別意識がなくなったわけではなく、決定的なところでは頭を押さえつけるすべを学び取った。

 

そして、このような「表面だけのお行儀」をアメリカ人が身につけて、そんなに時間が経ったわけではない。キング牧師が人種差別撤廃の訴えた有名な演説をしたのは、ついこの間、1963年である。そして、これらの一連の運動のために、その5年後に暗殺されている。

 

オバマさんが大統領に選ばれたときの一連の出来事を思い出すと明らかである。決して、すんなりとはいかなかったのである。しかし、遂に、黒人(彼らは有色人種と言い、この中に日本人も入る)の大統領が実現した。

 

ついでのことに、女性に対する差別に関しても、黒人と同様である。アメリカには女性差別はないと錯覚している人は結構多い。しかし、黒人差別と同様に、決定的なことでは厳しい差別をする。そして、それ以外は、徹底的に女性に優しくするのであり、差別を剥き出しにする日本の男性より遙かに賢い。女性の大統領など、青天霹靂の出来事なのに、若しかしたら、初の女性大統領が出現するという事態になってしまった。

 

こうして、本来の闘争心はオブラートを何枚も重ねて、押し込められ、隠されて・・・きた。

 

トランプ氏は、このようなアメリカ人のオブラートを次々と引っぺがし、隠されてきた差別意識の暗部をえぐり出した。それに共鳴する人々が多い事実に、アメリカ人は唖然としているのではないだろうか!

 

現実の生活に不満が充満し、将来に希望が見えないアメリカ人は、怒りを外に向けることでストレス発散を狙っているとしか見えない。

アメリカ人に正気を取り戻してほしいと、願わずにはおれない。

 

 

 

 

 

 

 

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イチロー、歴代最多安打記録を達成。数々の輝かしい記録、そして、国民栄誉賞を二度辞退した!

イチロー、歴代最多安打記録を達成・クールな対応

この輝かしい記録を達成した時にインタビューを受けて、その応答は、いつも通り非常にクールであった。マスコミやファンは、この記録を追いかけていたが、イチロー本人は「これを目標にしていなかった。日米合算ということでケチがつくことを予想していたので・・・」と、あっさり言ってのけた。

 

そして、事実、記録を抜かれたアメリカのくだんの選手は「日本の野球のレベルが低いのだ。一緒にならない。俺が一番であることには変わらない。」と言って、怒りを発散させた。

 

脚光を浴びるまでの道のり

 

筆者はプロ野球のファンではないので、普通にニュースで語られる以上には知らないので、今回、ネットで調べてみた。

イチローの野球人生は、エリーとして出発したのではない。いつも脚光を浴びる立ち位置にいた松井秀喜とは違う。松井秀喜は、日本でもアメリカでのデビューも脚光を浴び、はじめから英雄として野球人生を始め、かっこよく振る舞い、いつも光の中を歩んでいたように思う。そして、長島茂雄とセットで国民栄誉賞まで貰ってしまった。

 

・・・・・松井秀喜の国民栄誉賞に納得のいかなかった人は、かなり大勢いたようである。 国民栄誉賞って何? 誰が決めるの? 国民のご機嫌を取って票を獲得しようという魂胆? さまざまな議論、憶測が乱れ飛んだ。 そもそも、彼はそんな大きな賞を受ける資格なんてないじゃないか。そして、松井秀喜は、何だって辞退しないんだ! そういうバッシングが相当あったようである。

国民栄誉賞と言えば、オリンピックマラソンで金メダルを獲得した女性ランナーに、国民栄誉賞をが与えられた時にも、大きな疑問を抱いた。確かに、一つの功績ではあるが、一体、国民栄誉賞という大それた賞を与えるに値する業績なのか?・・・・・

 

イチローは、プロ入りの初めからトップではなく、ドラフト4位でオリックスに入団している。そして、誰もがびっくりする成績をバットで叩き出したが、ホームランバッターのような派手さはない。地道な努力を積み重ねた、しかしそれでも地味な栄光である。

そして、野手としては日本人初のメジャーリーガーとなった。しかし、ここでも、すんなりと受け入れられたわけではない。日本人野手がメジャーで通用するのか疑問視する声が日米問わず多く、あるマリナーズの番記者は日本でのイチローのビデオを見て、「ピッチャーが投げるすべての球に反応して動き、バッターボックスでふらついているようにも見えた。球を叩くように打ち、すぐさま走り出すスタイルは、メジャーリーグの投手と野手が相手では歯が立たないだろうと思われた。その上、パワーもなさそうだった」と述べ、監督もイチローには大きな期待をしていなかった。


「背番号51」についても、当時のマリナーズではランディ・ジョンソン(1989 - 1998年まで在籍)の番号というイメージがファンの間で認識されていたために、「ランディの功績を台無しにする」「ランディを侮辱している」という理由であまり好意的には見られていなかった。

東京在住のアメリカ人ジャーナリストの一人が「イチロー君大リーグは甘くないぞ」と題して、イチローがMLBでは通用しないことを断言し、「イチロー自身も『あーあ、アメリカに来なければ、今頃はまだ日本のスーパースターでいられたのに』と後悔しているかもしれない。来年の今頃、僕がこの誌面で平謝りに謝っているかどうか、忘れずにチェックしてほしい。」と執筆した。・・・多分、平謝りに謝ったのだろう、当然のことながら。


脚光を浴びて、大きな契約金を手にしてアメリカに迎え入れらた松井とは格段の差である。

前述の番記者は、シーズン開幕から1か月半後の「シアトル・タイムズ」紙に、「お詫び」のコラムを掲載している。

 

一歩、一歩の努力で光を放った才能

 

大リーグ記録の4256安打を上回った。日本プロ野球のオリックスに在籍した9年間で1278安打を放ち、2001年に大リーグ入りしてからの16年間に2979安打を積み上げた。

オリックスでは94年に当時のプロ野球記録となるシーズン通算210安打を記録。マリナーズ在籍時の04年に大リーグのシーズン最多安打記録を84年ぶりに塗り替える262安打を放った。09年には日米通算で張本勲(元ロッテなど)が持つ日本プロ野球最多の3085安打を上回った。過去29人が達成した大リーグ通算3000安打にもあと21本に迫っている。

 

輝かしい記録とクールな対応


イチローがマスコミに現れるようになった若い頃から、他の野球選手とは比較にならないほどクールすぎるほど世慣れた返答が返ってくることには驚かされた。それは、一つには人柄ということもあるだろうし、エリートとして出発しておらず、周囲の人々やマスコミに叩かれてきたことと無縁ではないかも知れない。

 

イチローはこんなことを述懐しているのも、彼らしいなと思う。

世界に出て再認識したことのひとつが、日本語を大切にすることであるという。きっかけに関して、「米国に行ってから、日本語の深さや美しさを自分なりに感じるようになり、日本語をきれいに話したいと思い始めた。日本語でも自分の感覚や思いを伝えることは困難だと感じている。それが外国語となれば、不可能に等しい。英語で苦労する以前に、僕は日本語で苦労している」と話している

国民栄誉賞の辞退

 

2001年、メジャーリーグで日本人選手史上初となる首位打者を獲得する活躍を見せた事により、小泉純一郎内閣から授与を打診されたが、「国民栄誉賞をいただくことは光栄だが、まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」と固辞した。

 

2004年にも、メジャーリーグのシーズン最多安打記録を更新した事から授与を検討されたが、今の段階で国家から表彰を受けると、動機付けが低下すると再度固辞した。

 

実にイチローらしい清々しさを覚える。
 

 

 

 


 

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世界に恥を曝した「エコノミックアニマル・桝添氏」。前任の都知事、議会で号泣した元兵庫県議も。
「反省サル」って猿回しがあったなぁ!

第三者委員会の評価、「違法性はない」・・・桝添氏の期待通りの回答をしてくれた!
悪いことをしておいて、「理解してください」が政治家の常套文句。理解できるわけがない。彼らが「理解してください」と言うことの中身は、「私の言うことを呑み込め」「従え」ということである。

「信じて貰うしかない。」と、これだけ悪いことをしておきながら、こんなことを言う。ご冗談でしょ、信じられるわけがない!!

「厳しい批判」「厳しい指摘」と、自分のしでかした悪いことを批判されると厳しいと言うが、日本国民の多くが生ぬるい、中途半端な追求だと思っている。だからかどうか、何も明らかにならない。
「反省したいと思います」・・・反省したいと思っているけれど、反省していないから本当のことを語らずに隠し通そうとするのである。恥知らず!

「お詫びしたいと思います。」けれども、お詫びしていない証拠に、何も語らない。お詫びするということは、真相を真摯に語り、したことの罪滅ぼしを多少でも行って、今後のことに資することである。都議会の追求の生ぬるさには驚く。

「真摯に対応」「真実を」・・・言葉だけは何とでも言える。
「都民そして都議会の皆様の理解をいただけるよう、政治家としてふたたび皆様の信頼をいただけるように、ご指摘いただいた様々な問題点にしっかりと
*「対応して参りたいと考えてございます。」

*「反省してございます」
*「承知してございます」・・・・
この期に及んで言葉など枝葉末節かも知れない。しかし、知事、しかも東京都知事という特別な要職にある人間が、こんな変な日本語しか話せないということは、推して知るべし。

「不退転の覚悟でがんばる・・・」これも、政治家が失敗したときに連ねる言葉で、むなしく響く。
「辞職を求める声が広がっていることは、大変重く受けとめて・・・」
「一連の問題が不適切であるのみならず、都民・都議会と真摯に向かい合うべき知事としての態度がいつしか不十分になった私の姿勢も一因であると深く反省している」
今回の事態発覚で、今まで隠されていたことが一挙に明らかになってきたことは、はじめから知事の資格のなかった人であるということである・・・「いつしか不十分になった」わけではない。ある意味で頭の良い人であるだろうし、有能な人である。だが、人間として、知事として有能であったわけではないことが明らかになった。

こんなとんでもないことをしでかすのは「頭の悪い証拠」であり、知事として、実は参議院議員時代から続いているが、任務をまともに行えないということは、無能である証拠である。

ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の爪の垢を煎じて飲みなさい!

そば打ちをして食べて、ピザを自分で焼いて・・・知事って暇とお金がふんだんに使えるんだ!
「トップが二流のビジネスホテルに泊まるのですか?恥ずかしいでしょ!」という感覚。

実に謙虚で質素剛健に大統領を務めたホセ・ムヒカ元大統領、「指導者は民衆の平均的な(経済)生活をするべきである」と言った。

ファーストクラスでなければ、知事として恥ずかしいという感覚はいただけない。他の県の知事は、ファーストクラスの旅費は出るようであるが、それを使わないという。桝添氏の傲慢、おごり高ぶりは、こんなところにまで明白になってきた。


「給料一部カット」→「給料半額に減額」→「給料すべてを受け取らない」

競売の競りか、昔あったバナナの叩き売りででもあるかのごとく、駆け引きをして知事職に留まろうとした。知事の椅子にしがみつこうとすればするほど、日本国民の怒りは増大した。
しでかしたことを隠そうとすればするほど、例え数字や人名やお金の使途が明らかにならなくても、その真相はかえって透けて見えて、桝添氏の人格の中身まで赤裸々に世界中に明らかになってしまったのである。

はじめにきちんと「反省」して、すべてを明らかにした上で、返却すべきものは返却して辞職すべきであった。そうしておれば、ここまで醜態を曝さなくて済んだのだ。

「エコノミックアニマル」桝添氏、日本を巻き添えにして恥を世界に曝す

かつて日本人は、エコノミックアニマルとさげすまれた。今、世界は改めて日本人を「エコノミックアニマル」であったと思い出したのではないだろうか?
前の都知事もお金の問題で辞職に追い込まれた。そして、今回は派手に動き回っただけに、また、しでかしたことが重大すぎて、しかも問題が出てきた時にあっさり非を認めないで見苦しい申し訳に終始しただけに、その醜態をさらけ出し、世界中に改めて有名になってしまった。
兵庫県議は都知事に比べれば、社会的影響は小さかったのであるが、何分にも議会でのあの醜態であるから人々の軽蔑と揶揄の恰好の餌食になってしまった。

逃げられない土壇場で辞職・真相を明らかにする責任を放棄して逃げるのだろうか!

東京都議会は後始末を放棄するのであろうか? 桝添氏を逃げ得にしてしまうのであろうか?
海外に「出張」して血税を2億円使ったそうである。多くの美術品を購入して、どこへやったのだろうか?家族旅行を楽しんだ公費は?会議と称して随分と休暇を楽しんだようであるが、働いても働いても生計が成り立たない大勢の都民は、このようなとんでもない人物が自分たちを縛っていたことに怒りを覚えているのである。













 
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自転車の運転のマナー: 自分の安全のために、道路を使う他の人々のために
朝、赤信号で止まると、その前を自転車で登校する中学生たち15〜6名の群れが走って行った。そして、彼らが全員同じヘルメットを被っているのに気がついた。いつ頃からこのようになっているのかは分からないが、少なくとも最近であることは間違いない。

ところが、その後ろを若い女性が同じく自転車で走っていった。自転車の前のかごに幼子を、後ろの座席に子供を乗せている。この子供たち二人と母親本人も、三人ともヘルメットを着用していないことに新鮮な驚きを禁じ得なかった。

この間起こった事故を知らなかったのかも知れないが、自転車の危険性、特に子供を荷台に乗せて走ることの危険性の様々な側面は相当報道されているのである。前と後ろに子供を乗せれば相当重くなり、自転車の自由度を奪うのである。大体、前と後ろの両方に子供を乗せるのは違法ではなかったのか? 

そして、さらに数分も経たないうちに、子供二人を乗せた自転車をもう一台、目にすることになった。そして、同様にヘルメットを着用していなかった。


 
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命知らずの自転車運転者・自転車も乗り方によっては凶器になる
乗せていた我が子を殺してしまった母親

まだ記憶に新しい出来事である。
二車線の片側が赤信号で止まっている車の長い行列が出来ていた。その止まっている車の間を縫って無謀にも通り抜けようとした自転車が対向車線を走ってきた車と接触して転倒した。そして、その自転車に乗せていた幼い子供が投げ出されて死んでしまった。
この母親が自転車の間を通り抜けようとしたすぐ先には交差点があった、ニュースで見る限り2-30メートルもない距離だったように思った。それなのに、交通ルールを無視して目の前の交差点まで行かなかったために、我が子を殺してしまった!

二車線の一方向だけが混んでいて信号の手前で、しばしば長蛇の列が出来ていることがある。対向車線を走るときに車の運転者としては神経を使う。車の間から飛び出してくる人、自転車、子供など、場所によっては決して少なくないからである。通常の意味の制限時速などで走れないのはもとより、ブレーキをあしらいながら走るときも多い。そして、飛び出してくるものの中で最悪は、自転車、特に老人の運転する自転車、子供を乗せている母親が運転する自転車のように、安定性を欠いている自転車である。
この事例で詳細な状況は分からないが、それでもそばの交差点を無視して車の間をすり抜けようとしたとんでもないルール違反だけは確かである。こんな無謀な自転車と接触事故を起こしてしまった車の運転手に同情してしまう。

「飛び出すな 車はすぐに止まれない!」というような、標語があったなぁ!

子供を乗せていなくても、車の間を自転車ですり抜けるのは非常に危険である。自転車は歩行者よりスピードがあるからであり、しかもブレーキのかかる瞬間に関しては、歩いているより自転車の方がほんの一瞬遅い。スピードがあるから危険から逃げることが出来ると、自転車運転者は錯覚しているようである。自動車から見た場合、いきなり視界に飛び込んでこられた時に、その飛び込んできたものがスピードのあるものほど、車は対応しきれないということが起こるのである。

だから、もちろん自転車よりバイクの方がスピードがあるから、飛び込んでこられたら危険である。
しかしながら、車を運転する者として一番怖いのは、自転車である。バイクの運転者は交通ルールを学び、運転免許試験を通った人たちである。したがって、原則的に交通法規に従って運転している。しかし、自転車の運転者は交通法規を学ばないので薄ぼんやりした常識はあるのだろうが、多くの人が交通ルールを守らなければならないというしっかりした認識がなく、ルールを無視して走り、車が自転車を守ってくれるのが当然であると信じているかの如き走り方をする人が多いからである。
自動車の運転手は事故に巻き込まれたいと思っている人はいない。まして、自分の車で誰かを傷つけることは耐えられない。しかし、出来ることと出来ないことがあるのである。守ろうと思っても守りきれないことが起こるのである。

交通法規の改定

昔は自転車の交通事故というと、自転車側が被害者だった。しかし、この頃は自転車が様々な場面で加害者になっている。自転車を車から守るために、あるところでは歩道を走ることが認められている。しかし、歩道は自転車の走る道という意味ではないはずであるのに、多くの自転車の運転者が、歩道を使う主役は自分であるかの如き走り方をして、歩行者に警笛を鳴らして、「そこのけ、そこのけ。自転車が通る!」とばかりに横暴な走り方をし、歩行者に道を譲らせて通り過ぎていく。

悪質な自転車運転者に安全講習を義務付ける制度が昨年6月にスタートしてから今年5月末までの1年間に、全国の警察が摘発し、警察庁に報告した「危険行為」は1万5131件だったと報告され、その6割が信号無視など悪質な危険行為だったとのことである。そして、都道府県別では大阪が最悪の記録で5126件で、全国の三分の一は大阪であるとは、大阪人としてまことに恥ずかしい限りである。次は東京で3581件であるが、人口が全国民の10%であることを考えれば必ずしも多いとも言えないだろうし、大阪が群を抜いていることも明らかである。そして、悪い方から3番目は兵庫で、2054件である。

余談であるが、大阪の良いところはいっぱいあるが、悪いところもまた全国で群を抜いていることの一つが交通ルールを無視するところである。自転車運転者のみならず、車の運転者もしたい放題というところもある。大阪の無謀な運転ぶりは有名であるが、ぶつかりそうな車間距離で、まるで襲いかかるかの如き走り方をする車が決して少なくない。追い越し禁止道路でさえ、隙あらば追い越そうと対向車線にはみ出してまで右側を走る。法定通りに前の車との間を取って走ると、こういう無謀な車がその間に割り込んでくるから車線を充分取るとかえって危険である。黄色信号ではアクセルを踏むのが大阪式運転マナーのようである。うっかり黄色信号でブレーキでも踏んだら追突されかねない。もとより、一般論であるが、大阪の運転手は恐ろしい。

安全に町を通行するためのルール違反は、車や自転車の運転者だけではない。歩行者のマナーも悪い。前述の車の間をすり抜ける行為は、自転車の運転者のみならず歩行者もまた、信号で停車して長い列を作っている間を縫って飛び出してくる人も多い。しかし、歩行者に関しては、別の重要な問題がある。歩行者、特に無謀な振る舞いが比較的多い若者は、体力に任せて様々なことをする。しかし、そういう自殺行為をすることで引き起こされることは、自分のいのちのみならず、それに関わった大勢の人々、自分の家族や責任を問われる当事者をどんなに傷つけるかを思い起こしてほしい。

体力のない老人や身体の不調の人は、10メートル余分に歩くのも大変である。ましてや、歩道橋の上り下りを強いる日本の交通事情については、前にも何度か言及している。


























 
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